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ハンセン病元患者に謝罪を
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国は医療過誤実態を解明して
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| 三月一日、「ハンセン病問題に関する検証会議」は「必要なくなった隔離政策を惰性で続けた」と国を厳しく批判する報告書をまとめた。隔離政策による被害は過去の話ではない。らい予防法が96年に廃止されるまでは、元患者さんたちはハンセン病療養所でしか治療を受けられなかったため、医療過誤の被害に遭っても、声もあげられなかった。 一月三十一日に東京地裁で原告勝訴の判決が出た訴訟は、原告側弁護士によれば「日本初の、ハンセン病療養所における医療過誤訴訟」だという。 私はこの十年、元患者さんからの聞き取りを続けているが、家族への偏見、差別を恐れ、顔と名前を公表して話せる人は、今もわずかしかいない。勇気を出してカミングアウトした人の貴重な証言を昨年、「証言・ハンセン病 もう、うつむかない」(筑摩書房)にまとめた。聞き取りのなかでこの医療過誤のことを知り、原告の元患者さんの支援をしている。 原告の女性(六十七歳/鹿児島出身)は53年、十五歳でハンセン病を発病した。療養所に入り、DDS(治らい薬)の治療を受け、「菌陰性」となり退院、東京で社会復帰した。しかし、国立療養所多磨全生園(東京)で定期検診を受けねばならなかった。 81年ごろから顔や目に異状が出たが、全生園の主治医はハンセン病の再発と診断せず、逆に菌を増殖させるステロイド剤中心の投薬を長期間続けた。病状は極度に悪化し、顔、目、両手足などに重い障害が残った。 |
| 92年に主治医が交代して初めて、再発に対する適正な治療が始まったけれど、すでに治療が遅れたため、壮絶な「らい反応」と闘わねばならなかった。治った後も顔の表情筋がすべてマヒし、街ですれ違いざまに心ない言葉を浴びせられることがあるという。 女性は03年四月、「元主治医が診断を誤り、早期治療も怠った」として、国に五千万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。国は「当時の医療水準では妥当な治療。後遺症は原告の治療態度が悪かったためだ。すでに時効も成立している」と反論した。 |
| 傍聴するため法廷に通った。証拠保全された原告のカルテには、所見や治療方針、経過が何も書かれていなかった。元主治医は「当時そういう(カルテに記載する)習慣はなかった」と証言した。原告以外にもこの元主治医による誤診の疑いが複数あるとも聞いた。 東京地裁は判決で、「主治医には診療上の過失があり、むしろ病状を悪化させる診療行為だった」として、国に請求額全額の支払いを命じた。国は二月九日、「承服しがたい」と控訴した。だが原告は心も体も傷ついている。裁判が続くことで、さらに苦しむのは目に見えている。国は速やかに控訴を取り下げ、謝罪すべきだ。そして元患者さんたちが安心して治療を受けられるよう、医療過誤の実態を明らかにし、改善してほしい。 |
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フリーライター・村上絢子
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