由布園長問題

ハンセン病学会、判決後初めて謝罪
由布・恵楓園園長、次期会長を辞退
朝日新聞ニュース速報(02/5/10)
 日本ハンセン病学会(江川勝士会長)は10日、静岡県三島市で総会を開き、元患者 に対する謝罪声明を発表した。また、次期会長に内定していた国立療養所菊池恵楓(け いふう)園(熊本県合志町)の由布雅夫園長が裁判批判ともとれる文章を発表した問題 をめぐり、由布氏はこの日までに就任を辞退する考えを表明。総会は次期会長を選び直 すことを決めた。
 声明の中で学会は「偏見、差別、人権侵害に苦しんでこられた方々に対し、その苦痛 を取り除くことができなかったことを心からおわび申し上げます」と謝罪した。一方、 この日記者会見した江川会長は「学会が積極的に隔離政策を進めたことはない」と語っ た。
 総会を傍聴した元患者側弁護団の高見沢昭治弁護士は「声明は抽象的、心情的なもの でしかない。学会が国の隔離政策にどのように加担し先導してきたかについて、具体的 な検証がなされていない」と批判した。

ハンセン病学会会長に由布園長が内定

毎日新聞ニュース速報(02/4/28)
 日本ハンセン病学会(江川勝士会長、本部・東京都東村山市)が来月予定している会 長改選で、次期会長に事実、内定している国立ハンセン病療養所、菊池恵楓園(けい ふうえん)(熊本県合志町)の由布雅夫(ゆふまさお)園長(61)の就任に対し、元 患者らが「認められない」と反対する文書を同学会に送っていたことが27日、分かっ た。ハンセン病国家賠償訴訟に批判的な発言をしていただけに、同学会の対応が注目さ れる。
 文書を送ったのは、全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)、同訴訟全国原告 団協議会(全原協)と弁護団の3団体。きっかけは、由布園長が同園自治会の機関誌1 月号で、「裁判の無理な進め方もあったし、弁護団の手法に納得できない点もあった」 などと記したあいさつ。3団体が「原告団を誹謗(ひぼう)するものだ」などと、抗議していた。
 元患者や弁護団は従来、学会に対し「ハンセン病が完治するようになっていた80年 代初めまで、伝染病で怖い病気と公言し、隔離政策を推進していた」(弁護団の赤沼康 弘弁護士)との不信感があっただけに、同学会への文書では「元患者の過酷な体験を無 視する人物が会長になることは絶対に認められない」などと、強い調子で会長就任に反 対している。
 また、全原協の谺雄二会長代理(70)も「学会と国の政策は一心同体。学会の方針 は元患者に大きな影響を与えてきた。由布園長が会長になるなんてもってのほかだ」と 反発している。
 会長職について由布園長は、毎日新聞の取材に「学会は学問の場で、第三者から申し 入れがあっても変更しないと思う。私はやるつもりだ」と引き受ける構えだ。
 同学会は、ハンセン病研究を進める大学教授ら約300人で構成。次期会長は、翌年 の総会開催地の療養所関係者らから選ぶのが慣例で、来年は熊本県内で開催の予定のた め、由布園長が内定。5月10日に静岡県三島市で行われる総会で正式に選出される予 定だ。
 同学会の江川会長は「由布園長が(機関誌に)書いた内容などを考えると、適任か再 検討する余地がある。(次期会長や来年の開催地が)変更される可能性もある」と話し た。 【大貫智子】
毎日新聞ニュース速報(02/4/27)
 岩波書店は27日、昨年11月出版のハンセン病関連の単行本に収められた熊本・菊 池恵楓園の由布雅夫園長の論文に不適切な記述があったとして、改訂版で同論文を削除 するとともに、在庫は出荷しないことを明らかにした。
 この論文は「ハンセン病―排除・差別・隔離の歴史」。由布園長は、ハンセン病国家 賠償訴訟で原告の元患者が「療養所に強制収容された」と証言したことについて「(患 者は)人道的立場で職務を遂行した人びと(医師や職員)に出会って、入所を決意した 」と反論。さらに「裁判でなぜ事実がわい曲されるのか、やり切れない気持ちでいる」 と批判した。
 同訴訟の原告・弁護団らが2月「裁判をないがしろにするもので容認できない」と岩 波書店に削除を求めていた。岩波書店は26日、原告らに書面で「原告証言に誤解を与 える記述があった。その点に気づかなかった編集者の責任を真摯(しんし)に受け止め る」と回答した。 【江刺正嘉】

菊池恵楓園園長が原告・弁護団に陳謝
国立ハンセン病療養所菊池恵楓(けいふう)園(熊本県合志町)の由布雅夫園 長 (6 1)が、ハンセン病国家賠償訴訟への疑問を園内誌に記したことに原告・弁護団 が 抗議 した問題で、由布園長は「不適切な表現があり、陳謝する」との回答書を出した。
園長は「訴訟を批判する気持ちは全くない。大変な誤解を与え反省している」 と した 上で「法律や裁判は人権回復のため重要だが、さらに息の長い啓発活動が大切と の気持 ちからこのような表現になった」と釈明した。
また「一部の関係者は勝訴に酔いしれて浮かれっぱなし」との記述について「外 部の 人からこのような表現で指摘があり、そのまま記してしまった。原告や弁護団を 誹 謗( ひぼう)する意図は全くない」とした。
入所者自治会の太田明会長(58)は「不適切と認め反省した点は理解できる が、判決の内容や影響を過小評価している姿勢は変わっていない。さらに見解をただしたい」 と語った。
毎日ニュース速報 02/2/20
 

原告、弁護団、全療協が
由布雅夫・菊池恵楓園園長に抗議
 国立ハンセン病療養所・菊池恵楓園(熊本県合志町)の由布雅夫園長が、園の自治会機関誌「菊池野」、二〇〇二年新年号に寄稿した年頭挨拶が、各方面から厳しい批判を受けている。「一部の関係者は勝訴に酔いしれて浮かれっぱなしであるが、果たしてそれでよいのか」とか「(裁判は)何を議論するために起こされたのかはっきりしないものを感じていた」など、長年ハンセン病療養所で働いて来た医師の言葉とはとうてい思えない無神経さである。自分を療養所の支配者と錯覚し、ハンセン病患者、回復者を同等の人間として認めない。傲慢としか言い様がない。
 原告・弁護団と全国ハンセン病療養所入所者協議会は、同園長の文章について、一月十七日、撤回と謝罪を求める抗議書を出した。抗議書は下記の通り。
 また、東日本退所者の会副代表の砂川昇さんが、「らい予防法国賠請求訴訟を支援する市民の会ニュース」に寄稿した「浮かれて踊る…‥晩年にして最大の喜び」を転載した。ぜひご一読下を。

平成14年1月17日
国立ハンセン病療養所菊池恵楓園
園長 由布雅夫殿
ハンセン病違憲国賠訴訟全国原告団協議会
ハンセン病違憲国賠訴訟全国弁護団連絡会
全国ハンセン病療養所入所者協議会
抗 議 書

 1、貴職は、菊池恵楓園入所者自治会機関誌「菊池野」2002年1月号に寄稿した「2002年 年頭挨拶」において、ハンセン病違憲国賠訴訟に関し、「一部の関係者は勝利に酔いしれて浮かれっぱなしであるが、果たしてそれでよいのであろうかと一抹の不安を感じてならない」などと原告団・弁護団を誹謗したうえで、「私にはこの裁判は何を目的に、何を議論するために起こされているのかはつきりしないものを感じていたし、今もその疑問が解けない部分がある。」として、本訴訟の目的・意義に対する疑問を呈しただけでなく、「裁判の議論の中で無理な進め方もあつた」「弁護団の手法に納得できない点もあつた」などと本訴訟を批判し、さらには、あたかもこの訴訟の手続きに誤りがあつたかのごとく誤解した記述をしたうえ、この訴訟が原因となつて「地元の人々が恵楓園から離れている」かのごとく論及するに至っている。
 このような論旨は、貴職が昨年岩波書店から刊行された『ハンセン病排除・差別・隔離の歴史』によせた論稿「菊池恵楓園からの訴え」の中でも、「裁判が進むに連れて、なぜ真実が歪曲されるのか、なぜ真実が議論されないのか不信感が募り、どうにもやりきれない気持ちでいる」「裁判とはこれほど真実が語れないものか疑問に思えてならない」などと展開されており、貴職が、現職の療養所長という立場にありながら、一貫して本訴訟に対する批判と原告団・弁護団に対する根拠のない誹誇・中傷を繰り返し、確定した熊本判決に対してすら、これを否定する見解を表明し続けていることは明らかである。
 2、貴職のこれらの意見は、ハンセン病療養所の運営に関わる重要な地位にある公務員の発言として、許しがたい重大な問題をはらむものである。
 そもそも、本訴訟について、政府は、判決で指摘された国の隔離政策の誤りとその加害責任を認めて控訴を断念し、原告らに謝罪したうえで、判決確定後、原告団協議会と厚生労働大臣との間で基本合意書を締結し、熊本判決によつて国の法的斉任が認められたこと、国はこの法的責任を踏まえて被害者に対して謝罪すること、差別・偏見の除去・解消事業及び名誉その他の被害回後事業を実施することなどを確認するに至っている。厚生労働大臣・副大臣が全国の各療養所を廻って入所者らに対して謝罪したのは、まさにこの趣旨に基づくものに他ならない。しかも、その後、基本合意に基づいて設置されたハンセン病問題対策協議会において、原告団・弁護団、全療協、厚生労働省らの関係者が一丸となつてハンセン病問題解決のための努力を重ね、現在ようやくその全面解決が実現しようとしているところである。
 このように、本訴訟が国の法的責任を明確にし、ハンセン病問題の全面解決の契機になつたことは明らかであり、これを前提とした厚生労働省との協議も進められているなか、厚生労働省の職員たる療養所長という立場にある貴職が、本訴訟の目的・意義に疑義を差し挟み、これを批判することは、厚生労働省のこれまでの方針に反するものであるばかりか、今後の協議に重大な支障を来し、ハンセン病問題の全面解決を阻害する恐れすらあると言わざるを得ない。
 3、また貴職は、前記『菊池野』の年頭挨拶において、「ハンセン病は約3000年前から地球上に存在し、その3000年の間、偏見・差別がつきまとつてきた社会の中の大きな問題である。それをらい予防法だけで議論しようとしたら矛盾が出てくると思えてならない。」と主張しているが、このような見解は、本訴訟の熊本判決が「無らい県運動等のハンセン病政策によつて生み出された差別・偏見は、それ以前にあつたものとは明らかに性格を異にするもので、ここに、今日まで続くハンセン病患者に対する差別・偏見の原点があると言っても過言ではない。」と厳しく指摘していることを全く理解しないものであり、貴職のこの問題についての基本姿勢が、国の隔離政策の誤りを隠蔽し、これを免責しようとするものであることを端的に示すものである。貴職は、「啓発」活動と称して、各地で多数の講演等をしているようであるが、ハンセン病をめぐる差別・偏見の原点について正しく理解しない者の行ぅ「啓発」活動に対し、われわれは強い危惧を抱かざるを得ない。
 4、以上に述べた理由から、我々は、貴職のこれらの言動に対して、強く抗議するものであり、あわせて、文書によつてこれらの発言を撤回し、謝罪することを求めるものである。
 われわれのこうした要求に対する貴職の見解については、きたる1月30日までに後記回答先まで、文書にて回答されたい。万一、回答いただけない場合には、断固として法的手続きをとることになる旨申し添える。
                                                             

浮かれて踊る…‥晩年にして最大の喜び

東日本退所者の会 砂川昇
 人の感情は、基本的には「喜び」「悲しみ」「怒り」の三つの言葉で表される。私の人生の中で、真の喜びの感情が芽生えたのは、やはり2002年の正月からであろう。それは34歳以降、人に告げることの出来なかったハンセン病の過去を、隠すことなく生きることが出来るからである。
 自分の過去を偽りに塗り替え、ハンセン病の過去が他人に知られることを恐れて、沈黙してきた自分の過去を平気で語ることの出来る友人が増え、自分の思いを語り合い、そして、その喜びの感情を全面的に表現し、酒を酌み 交わし、浮かれて踊る。ハンセン病を告げられ、隔離され、差別と偏見の過去から決別できた喜びは、言葉一つでは表せないため、私は酒座で「浮かれまくる」のである。それは、踊りや歌によつて表現され、これからは押しつぶされてきた自分の気持ちを、浮かれまくつて表現していこうと思っている。
 去る1月14日に、福岡市で全国原告団、弁護団会議が開かれ、私は東日本退所者の会を代表して、この会議に参加した。ここで議題の中心になったのが、「菊池恵楓園」(熊本県)の由布雅夫園長の問題であつた。
 同園長は2002年1月号の菊池恵楓園入所者自治会の機関誌「菊池野」の年頭挨拶の中で「一部の関係者は勝訴に酔いしれて浮かれっばなしであるが、はたしてそれでよいのであろうかと一抹の不安を感じてならない。私にはこの裁判は何を目的に何を議論するために起こされたのかはつきりしないものを感じていたし、今もその疑問が解けない部分がある。」と書いてある。
 私の感情は、この原稿を読みすすむ内にだんだんと、怒りが沸いてきた。人が怒っているからではない。それは、私のことを指しているように思えたからである。嬉しい時は素直に喜び、浮かれて、その喜びを表現することが悪いというなら、ハンセン病を患った者は、いつまでも小さくなつて口を閉ざしていろ……というのであろうか。人生も晩年にきて、熊本地裁の勝利判決は、私や、同じ苦労を味わってきた妻にとつて最大の喜びであった。苦しみの過去から脱し、ようやく光が見えてきたことは、その病に罹った本人やその家族にとつては、浮かれまくつても、足りないほどの、生きる道の夜明け、そのものなのである。
 私はあえて、由布園長に言いたい。あなたは、裁判が何を目的に何を議論するために起こされたか……と考える前に、人の感情とは何なのかを、自分の人生を振り返りつつ、深く考えて欲しい。あなたが、発した言葉、講演などで発している言葉がいかに私たちの感情を害し、怒りと悲しみの感情を呼び覚ましているかを考えて欲しいのである。
 自分の人生に汚点を残してはならない。ハンセン病に関わる園長という立場ならなおさらのことである。患者や元患者の気持ちはどうなのだろうか……と、緻密にその感情を量り、その心を癒すことに力を注ぐのが本来のあり方ではなかろうか。私は、かって宮古南静園で当時の馬場園長にハンセン病を告げられたとき、馬場園長から言い渡された言葉一つで絶望に叩き落とされ、死を考える毎日が続いたことがある。人の言葉は時には人を殺すほどの刃にもなれば、人の心を癒す、その人の徳を高める崇高な物にも変わるのである。
 相手を思いやってこその言葉である。由布園長の新年の挨拶文は、その意妹ではいただけない。多くの人の感情を傷つけ、怒り、悲しみに陥らせたことは、面識のない私としても、これからの人生に再び水をかけられた思いであり、残念でならない。私は、重ねて言いたい。「この人生最大の喜びに、浮かれて何が悪い」「由布園長、貴方も一緒に、喜び浮かれてください……」
 私も、つい怒りの言葉だけ発して申し訳ない。あとは、多くの支援者の方々に感謝の言葉を申しあげたい。
 2002年の年明けは、退所者問題の解決の道筋も見え、希望に満ち溢れています。ありきたりの言葉で、その感謝をあらわすには、気持ちを伝えるには足りませんが深く、深く、と言ぅ言葉で感謝の気持ちを申し土げます。
 本当に有難うございました。
2002年 新春1月
東日本退所者の会 副代表

年頭挨拶(資料)
菊池恵楓園園長 由布 雅夫

 

 明けましておめでとうございます。この10年間の中で、2001年ほどめまぐるしく、あつという間に過去った年はなかつたように思います。また私にとつても2001年ほど多忙な年もかつてなかつたと思います。約3年にも及んだ国賠訴訟の判決が5月に出て、5月末には小泉総理が控訴を断念して、一応の決着が着いた。一部の関係者は勝訴に酔いしれて浮かれっぱなしであるが、果たしてそれで良いのであろうかと一抹の不安を感じてならない。 私にはこの裁判は何を目的に、何を議論するために起こされたのかはつきりしないものを感じていたし、今もその疑問が解けない部分がある。人権回復と人間の尊厳を回復することであれば、らい予防法の廃止を実現した時も議論した。補償を求めるのが目的であれば、生涯保障を認めた法律をつくってそれも勝ち取ったし、当時の多くの入所者や全患協も喜んでくれた。
 平成8年6月4日、全療協が東京の椿山荘で催した「らい予防法廃止祝賀会」で曽我野氏が「我々は他に例を見ない福祉の先取りをした」とその時の喜びを表現してくれた。我々も携わった者として大きな達成感があってうれしかつた。
 しかし、2000年頃から何かが変わった。色々なことが、そして2001年5月判決が出て、5月末控訴断念となつて更にその変化が著明になつた。おそらく裁判の議論の中で無理な進め方もあったであろうし、弁護団の手法に納得出来ない点もあったと思う。
 それ故、特に恵楓園では未だに裁判に参加しない人が多いのだと思う。色々な要望を出すのはかまわないが、社会の状況をみながら出した方が受け入れやすいであろうし、昭和30年代と現在と比較した様に受け取られる議論はあまり説得力がないと思う。最近、地域特に地元の人々が恵楓園から離れている現象を感じる
のは私だけでないと思う。
 2001年の夏祭りで強くそのことを感じた。潮谷知事が参加してくれたし、色々な場所で今年も恵楓園の夏祭りに行きますと話しておられたので、知事の人気でかなりのお客さんが来てくれたが、地元の人は極端に減っているのには驚いた。踊りの輪が一重しか出来なかつた。昨年までは二重にも三重にもなることがあつ
た。地元の参加が多かったからである。
 ハンセン病をとりまく諸問題を多くの人々に理解してもらい、入所者の皆さんが求めていた人間回後を達成するには地域、特に地元の理解と支えから広がつて行くのが望ましい姿ではなかろうかと思えてならない。
 ハンセン病は約3000年前から地球上に存在し、3000年の間、偏見・差別がつきまとつてきた社会の中の大きな問題である。それをらい予防法だけで議論しようとしたら矛盾が生じてくると思えてならない。
 このことは皆さんと共に考えて行きたいし、私達は施設を託された者として今まで通り、皆さんのお世話と園の運営には黙々と前向きに取り組んで行くつもりであるし、十分にその実績もあげていると確信している。
 特に恵楓園の医療体制とスタッフのすばらしさは一般社会のどの施設と比較しても遜色ないものになつたし、心臓外科や脳外科の緊急事態に対しては委託診療として園外の第一線の施設が万全の体制で受け入れてくれる様になった。ここに至るまでの我々医局の並々ならぬ努力に対して時には思いを寄せてほしい。一部の入所者から我々の意欲をそぐような発言がしばしば聞かされるが残念でならない。私が常日頃申し上げている様に信頼と協力こそが園の発展に対する原動力であると思います。2002年が恵楓園にとつて真にすばらしい年になることを祈りながら新年の挨拶とします。

菊池恵楓園の自治会機関誌「菊池野」、2002年新年号