隣実物語私考

 

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コロボックル物語シリーズ全般

「コロボックル」とは、佐藤さとるさんが生み出した、日本に住む小さな人たちのこと。
シリーズを通してみると、なにが見えてくるだろうか?


 

シリーズの魅力、つまり、どこが(なにが)好きかと言えば、あまりに当たり前だけど「コロボックル」の存在だ。
(1)体は小さいけれど、力持ち
(2)日本にずっと住んでいる
(3)自分たちの国・文化を持っている
大ざっぱに言って、これ。


ところで、「だれも知らない小さな国」と同時期に、やはり小人をモチーフにした物語が発表されているので、並べてみる。
 ●メアリー・ノートン「床下の小人たち」1952年発表(1956年 岩波書店)
 ●いぬいとみこ「木かげの家の小人たち」1959年 中央公論社
 ●佐藤さとる「だれも知らない小さな国」1959年 私家版→講談社

先に発表の「床下の〜」の影響は? 佐藤さんといぬいさんは同人仲間だけど、そのへんの影響は? といったことはわからない。ただ、佐藤さんの場合、最初は小人の話ではなく、何度も原稿を直すうちに自然と変化していった、ということらしい。ま、そのことはここではどうでもよろしい。


(1)体は小さいけれど力持ち
コロボックルはおとなでも身長はたったの3cm程度。とても小さい。消しゴム程しかない。手の平サイズ。バッタに乗ったり、木の葉でソリ遊びをしたり、そんな描写が出てくる。シリーズの大前提にして、大切な「異世界」を生み出す要素。

ただ人間を小さくしただけではないところが、面白いのだ。小さいけれど、人間よりも素早く動ける。コロボックルが本気で走れば、人間の目に留まらない。脚力は素晴らしく強く、「やっ」と跳べば机の上にも棚の上にものぼれる。だから危険を冒してカーテンをよじ登ったりする必要なんてない。なにしろ、その脚力は空飛ぶ機械の動力にもなってしまうのだ。
しかも、タフ。人間が電車で移動する距離を、走って行き来してしまう。

しゃべるのもとても早い。人間の耳には「ルルル」と言っているようにしか聞こえないそうだ。それにしても、そんなに小さな体でせいたかさん達人間と向き合って会話ができてしまうなんて、相当の声量の持ち主だ。その辺もパワーの差かな?
きっと、コロボックルには人間はなんてノロマな生き物だろうって見えているんだろうね。

 

(2)日本にずっと住んでいる
なぜか、日本生まれの小人って、あまりいない。とっさに思い浮かぶのは、一寸法師くらい?(あれも厳密に小人と言ってよいのか疑問が残るけれど)。
いぬいとみこの「木かげの〜」は、作品は確かに日本産で、舞台も日本だけれど、登場するのはイギリスからやってきた小人族。ちょうど、ノートンの「床下の〜」の小人族が、海を渡ってきたんじゃないかと思えてしまう。なんだかちょっと、借り物感が拭えない。

では、「だれも〜」の小人はどうか。彼らは、正真正銘、日本生まれの日本育ち。その生活にも、何となくなじみがあるし、私たちが普通に過ごしている日常の中に、するりと入り込んでくる。
はじめ、彼らは「こぼしさま(小法師様)」と呼ばれ、ご先祖様は「スクナヒコ様(スクナヒコナノミコト=少彦名命)」で、最終的な呼び名はアイヌ語由来の「コロボックル」に落ち着く。
スクナヒコナと言えば、日本神話でオオクニヌシ(大国主命)と国作りをするので有名な神様だ。国作りの後、スクナヒコナが旅立ったという常世の国とはもしかして……などと、想像するのもまた楽しい。

そうそう、コロボックルの名前は、男なら「○○ヒコ」、女なら「○○ヒメ」(○○は一族全員同じ)となる。たとえば、ヒイラギ一族なら、みんな「ヒイラギノヒコ」と「ヒイラギノヒメ」。これも実は、日本の説話の特徴を引いている。なかなか芸が細かい。
この名前、一個人のことなのだけれど、それに普遍性も付加する偶像的な命名法なのが面白くって、個人的にとてもツボだったりする。

もちろん、子供のころには、そんなこと知らないし、考えもしないで読んでいた。では何がそんなに魅力的かというと、やっぱり親しみやすさだろう。ツバキノヒコとかエノキノヒコという名前以外に、「キムズカシヤ」「エノキノデブ」なんてあだ名(呼び名・通り名)があるのも、親しみやすさの秘訣だと思う。

 

(3)自分たちの国・文化を持っている
国を形成しているということは、たくさんのコロボックルがいる、ということ。
「木かげの〜」と「床下の〜」は、家族の物語で、ごく少数しか小人はいない(「床下の〜」はもともと大勢いたらしいし、続編で同族との再会を果たすけれど)。そして、「木かげの〜」も「床下の〜」も、人間に寄生しているためか、人間の暮らし方を真似て生きている。いわば、人間の縮小版なのだ。

ひきかえ、コロボックルはどうか。
彼らは、何百何千人といる。小山の地下に穴を張り巡らして、町を作っている。人間から「狩り」はするけれど、依存はしてはいない。小山にあるものだけでも暮らしていける。 独自の文化を作り上げて生きている。
そう、彼らは れっきとした、一民族なのだ。

世話役制度、アマガエルの服、クマンバチ隊……独特の暮らしぶりに、想像をふくらませて楽しめる。子供心に、それはもう面白い世界だった。
近くの雑木林に行けば、コロボックルの生活が想像できるような気がした。クモの糸だって、貴重なものに感じられ、彼らはこれを何に使うかと、思いを巡らした。

おそらく、佐藤さん自身も、そうやって楽しんでいたのだと思う。

その意味では、まだ小山を出てはいけない子供のコロボックルが主人公の「コロボックルのトコちゃん」がとても面白い。

 

何度かに分けてだらだら書くと、全然まとまらないことが判明。
いや、文才の問題ですね。
尻切れトンボ感がものすごいありますが、とりあえず3つ分書けたので、終わりです。
ただ長いだけの読みづらいものですみません。

 (04.2.1 加筆・そのうち直したい!)