荻原規子『西の善き魔女』

※文庫版です


 

*** 3巻 薔薇の名前 ***
『西の〜』1・2巻とも多忙のあおりをくって感想を書きそびれていたが、
まだあと4巻くらい出るので、ま、のんびりと。
正統派ファンタジーなのに、
ところどころに「あやしい」少女趣味が混ぜ込んであって、
笑えてしまう(歳だからか!)。
話も舞台設定も、ありふれていると思わせて、
実はそうでもなさそうなので、おもしろい。
ゲーム化は難しいと思うが、アニメ化はいい思う。
真面目にやれば、かなりいい作品になるはず。
手抜きの間に合わせでやると、ファンにきっと袋にされるでしょう。
あと、たぶん作者に愛想尽かされる。
と、余計な心配はいらんのだけど、
出会い──別れ──再会、を繰り返し、
舞台を移動しつつ広げてきた1〜3巻。
続きはまたぐっと広がりそうな予感を秘めつつ、
次は外伝らしい。

(05.03.12 日記より)

 

*** 4巻 世界のかなたの森 ***
ようやく世界の真相に迫り始めた、かな?
各巻の巻頭に載っているわらべ歌にでてくる、
「西の善き魔女」「東の武王」「賢者」「詩人」とそろってきた。
まだ「氷の都」「真昼の星」と残っている。
(これがわたしの鈍感だったら笑いものだが)
さあ、このあとどう解いていくのか楽しみだ。
なんとなく、世界の謎が見えてきたようで、
その実、主人公たちはようやくその謎に巻き込まれつつあるところ。
今までは自分たちのことしか考えていなかった彼らが、
この先、どう動いていくのか楽しみだ。

(05.05.29 日記より)

 

*** 5巻 銀の鳥プラチナの鳥 ***
外伝なのでフィリエルではなくアデイルが主人公。
「お嬢様」は自分の非力さと、武器と、なすべきこととを知る。
それから、優れた仲間を得る。
人が生きる強さを学ぶ。
フィリエルがだんだん深刻さにはまっていくのに反して、
こちらは冒険あり、戦闘あり、恋愛ありで、なかなかに面白い。
ん? フィリエルの物語もそういう意味では要素は同じか。
でも、「自分の本来あるべき世界でないところ」でトラブルに巻き込まれる場合、
野から宮廷へ行ったフィリエルより、
宮廷から砂漠へいったアデイルの方が、「何もできない」加減が面白いのかも。

谷山浩子の「岸を離れる日」はフィリエルにぴったりだなあと思い、聴く。
って、アデイルの話なのになんでフィリエル。

(05.07.10 日記より)

 

*** 6巻 闇の左手 ***
本編完結編にふさわしく、怒涛の展開。
一発屋かと思ったキャラも再登場、舞台はあちこちに分散し、めまぐるしい。
今までとはスピード感が違う。

「シンデレラ」「白雪姫」などの童話はグラールでは禁忌。
つまり、グラールはどこかで現実世界とつながっていることは最初からわかっていた。
そして、4巻で登場した吟遊詩人(バード)の、変な口調と妙な能力と、かなり長命なこと。もっとずっと長生きな賢者(フィーリ)。
フィリエルたち一般人は知らない「機械=高度技術」の存在がうかがえる。
これをどう解いてくれるのか楽しみにしていた。

で、けっきょくは星間移住のお話で、グラールの女王はフィーリとバードの力を借りて、世界のバランスを保っていた。
おおむね予想通りだったので少々残念。
もっとびっくりしたかったなあ。
でも、これはわたしがこの手の物語に慣れているからで、しかたないのかも。
実際、世界はしっかり構築されているし、仕掛けもうまい。
メインの対象読者であるティーンにとっては、かなり新鮮な感動を味わえるのかもしれない。

グラールは女王が主権を握ることで、戦争をしない。
それは、「先住民」である竜を守り、互いにバランスを持って暮らしていく、ということだった。
争い、侵しあう、人間の性に対する、作者の希望を見た気がする。
最終的に、この物語では3人の少女にその希望が託された。
彼女たちはこの先どうしていくか、それは読者の想像にゆだねられ、つまりこの難しいテーマについて、考えることを与えられたのではないだろうか。
荻原規子は、かなりしたたかだ。

(05.09.14 日記より)

 

*** 7巻 金の糸紡げば ***
外伝という位置づけで、8歳のフィリエルとルーンとの出会いを描いた物語。
8歳のお祝いに、村の礼拝堂に行くんだ、と張り切るフィリエル。
第1巻で、15歳のフィリエルが、女王生誕祝祭日の舞踏会に行くんだ、と心浮き立たせていたことを思い出す。
これは、「始まりの物語」なんだなあ、と感じる。

無口で、なんでもフィリエルに付き従う人形のようなルーンが、次第に自己主張するようになる課程は、本編で大きくなったルーンの様を知っているだけに、感動的ですらある。
ルーンは、フィリエルの天真爛漫さを吸い込んで、大きくなった。
たとえ無愛想な表情は消えなくても、口答えやうろたえることを覚えたのだから。
それから、本編では一言も発しないまま姿を消した博士が、生身で登場。
予想していたよりも偏屈でもなく、優しい男だった。
エディリーンをこの上なく愛していた、不器用な男だった。

ボウ夫妻は、赤毛のアンのマシュウとマリラを彷彿とさせる。
わたしのイメージでマリラはやせた女性で、タビサ・ホーリーは大柄な太った女性なので、姿は全然似ていないが、貧しくとも慎ましく、たくましく、毅然と生きている様は、よく似ている。
マシュウとボウ・ホーリーは、不器用で朴訥としていておかみさんに頭が上がらない。そっくりだ。
ボウもきっと、「そうさな」というセリフがよく似合う。

この1冊で約1年が過ぎる。
時間の流れだけ言えば、かなり早く過ぎていく。
けれど、過去6冊に比べて、実にゆったりとした印象がある。
その分、荒れ野セラフィールドでの季節や生活が、じっくりと描かれている。
荻原さんという人が、セラフィールドで暮らしていたかのように、とてもリアルだ。
おかみさんの料理も、フィリエルの手伝いも、切りつめた生活を一時忘れるお祭りのにぎやかさも。
彼らは、確かにここに生きているのだ、と感じる。
派手な事件などなくても(あるけど)、実に読み応えがあるのだ。

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フィリエルとルーンの絆を決定的にしたと言える、家出事件。
それは、フィリエルがルーンを殺そうとした、という大問題なのだが、
これを読みながら、昨今の若年層によるリアルな殺人事件を思い起こさずにはいられなかった。
特に、具体的に1件の事件が、強烈に頭の中にこびりついて離れなくなった。
(どの1件かは、挙げないでおくけれど)

フィリエルは、夢の中でルーンを殺してしまった。
「殺意」を抱いてしまった自分を、星女神は許さないだろうと思ったし、おそらく自分こそが許せなかった。
だから、そう願ってしまったことは、最後まで実行せざるを得ない、と思いこむフィリエル。

こんなふうな思いこみを制御できずに、本当に行動に移してしまった少年・少女がいるのではないか。
その恐ろしさや、悲しさに気づかないまま、本当の現実感を伴わないままに……

(05.12.04 日記より)

 

*** 8巻 真昼の星迷走 ***
外伝も含め(というかこの8巻自体外伝だが)、これで正真正銘の完結。

本編の巻頭に必ず載っている、わらべ歌の謎も、これでようやく解消。
つまり、プロットは最初からこの外伝を含めてできていたということか。
恐るべし、荻原規子。
すごいなあ。感服です。

そういう意味では、存在価値のある話なのだけれど、
実を言うとわたしの正直な感想としては、この話は蛇足だ。
蛇足が言い過ぎなら、おまけ。
観客のアンコールにお応えした、カーテンコール。
つまり、やっぱりなくてもいいもの。

なぜかといえば、本編最後の決着と実質ほとんど何も変わっちゃいないから。

そもそも、フィリエルとルーンを引き離すのが、もはや無理矢理なのだ。
このふたりは、離れてくれなきゃ物語にならないから仕方ないのだろうけど、
その「仕方なく二人を離して物語を始めました」と感じさせてしまうのが、蛇足の証明にすぎない。

もっと不満なのが、バード&フィーリのなんでもあり、なところ。
バードの再生については、なかなか意外性があって面白かった。これはよし。
でも、記憶操作や、ある種の瞬間移動、常にどこからでも見張っていること、そして最強の攻撃性、データの共有(しかも瞬時に)……
そういう万能すぎるところが、はっきりいって、つまらない。
それまでの7巻(いや、実質6巻)で生み出したリアリティーががらがらと音をたてて崩れていってしまうのだ。

女王家の秘密を知らないころのフィリエルたちには、超ローテクの生活しかなかった。
旅をするにも馬か徒歩だし、火をおこすのも食事を作るのも大変な手間がかかる。
そういう描写を丁寧に積み上げて、リアルさを出してきた世界なのに、
ここへきてバードやフィーリにやりたい放題に能力を発揮されると、興醒めだ。
それと、たぶん作者の荻原さんもこのローテクと万能のギャップを消化しきれずに書いていたのじゃないかと思うのだが、
彼らの超越ぶりへの、フィリエルたちのリアクションが、へん。
なんでもっと「???」とならないの?
なんでそんな簡単に、受け入れちゃうの?
そりゃ、いずれ受け入れてもらわなきゃ話は進まないけど、だからってあっさりしすぎ。
本編のラストである第6巻でも、そういうところがあったけど、
そのあっさりさが、リアリティーのなさを醸し出しちゃうのだよ。

ここでいうリアリティーとは、もちろん、我々の世界に換算してのことではなく、
その物語世界の中で、いかに存在感があるかってことだ。
バードとフィーリはとにかくすごいんだ、ていうなら、「西の善き魔女世界」の中で、そのすごさが本当っぽくないと。
そこが白けてしまうと、物語のリアリティーが薄くなってしまうではないか。


なんというか、最後にちょっと残念というか、寂しい気持ちだ。

(05.12.27 日記より)

 

*** 1〜6巻通し読み(1・2・3・4・6・5の順=単行本での発表順で) ***
改めて思うのは、構成が実にしっかりしている、ということ。
作品全体を通して、「西の善き魔女世界」の世界観がとても実在的。
細部の描写も丁寧なので、宗教や文化が生活に染み込んでいる様がよく出ている。
最重要なキーワード「禁忌」の使い方もうまい。
全体に、実にリアルなのだ。

そして、その積み重ねてきたリアルさゆえに、最後の詰めのところで、キャラの驚きが弱いのが、非常にもったいない。
通して読んでみても、やっぱり本編最後にあたる6巻の展開の早さによる慌ただしさが残念でならない。
女王との対面によって、とうとう謎が融解するところが、なんかあっさりしている。
フィリエルが女王家の血筋だと判明したときのような、驚愕・困惑・混乱、がほしかった。
(先日の最終巻の感想でリアリティーの消失と書いているけど、これに通ず、です)


さて、主人公のフィリエルをはじめ、キャラクターの性格・役割が、魅力的だ。
フィリエルは、彼女に関わる人々が口々に言うように、ころころと考えが変わって、呆れるほど意外なことを言い出して、そして一途だ。
いやはや、まとめて読み返してみて、本当にひどい気まぐれ屋さんだとびっくりした。
でも、一見めちゃくちゃに思えるけれど、すべてはルーンのために。
その一途さ、たくましさが愛らしい。
最初、巻き込まれ型だったヒロインは、いつのまにか飛び込み型のヒロインへ。
それがフィリエルの成長だったと言っていいと思う。

全員あげるわけにいかないので、もう一人。レアンドラを。
構図としては、正真正銘の「敵役」であるレアンドラ。
でも、読み返してみたら、レアンドラは、ただの意地悪な姉ではなかった。
彼女は、彼女なりにあらゆる物事がよかれと考えを巡らしていたし、実行する。
ちょっと過激で、おいたが過ぎたりもするけれど、やっぱり一途なのかもしれない。
それが理解できた今回は、最後にあっさり考えを翻して、軍隊を手放したときの彼女を、輝いている、と感じた。
本当に、彼女はいろんな意味でいい女だと思う。


最後に。
5巻は、フィリエルが南部にいる間、アデイルがなにをしていたか、の話。
文庫版では時系列にあわせて本編の4巻・6巻の間に入ったけれど、本来は外伝なので、後から発表された話だ。
今回、その順にあわせて読んでみた。
そして、しみじみ思うのが、そういったサイドストーリーもきちんと考え尽くされた上で、本編が書かれていたのだ、ということ。
本編で、いきなりユニコーンを連れて南部に現れるアデイルだけど、外伝を読めば納得の行動なのだ。

たぶん、荻原さんの頭の中には、ほかにもたくさんのサイドストーリーが詰まっていることだろう。
もしかしたら、グラール建国から何百年もの歴史が全部かも。
アニメ化の記念に、また短編を書かれているそうだけど、きっとそれも、たくさんあるストックの中から見せてくれるひとかけら、なのだろう。

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言ってはいけないお約束。
だけど、やっぱりどうしても突っ込みたいことをいくつか。

●宇宙船の存在を、3名の女王候補はなぜそんなにあっさり受け入れる?
そもそも、自分たちが生きる大地が、夜空に浮かぶ星々と同じものである、という理解が彼らにあるんだろうか?
わたしは、そう思わずに読んでいた。つまり、グラールにはそういう知識はないのだろうと。
だって、狼やネズミという生き物(グラールにはいない動物)の童話が禁忌の国だよ?
天体観測が禁忌の国だよ?
外伝で、博士が太陽と月と地球の関係を説明するシーンがあるけど、あれは博士なら知っている禁忌の知識なのではないかと思う。
つまり、一般には地動説は(天動説すらも)知られていないのではないかと。
およそ、星々の間をわたる「船」の存在や、まして移住することなんて、彼女たちの理解の範疇を超えている。
つまり、グラール建国の事情は、彼女たちには想像もできない状況なのではなかろうか。
……それとも、女神が星の楽園から地上へ人間を使わした、という天地創造神話と当てはめて、頑張って理解に努めたのだろうか?

●クイーン・アンが初代女王になって、禁忌を断行するなんて本当にできたんだろうか?
クイーン・アンだけが延命処置の眠りについて、遭難事故から200年後に本局と連絡を取ったらしいけど、
そのころすでに残った人々の間にそれなりの生活文化が成り立っていたのではなかろうか。
クイーン・アンも、もうこの星を離れることはできない、と言っている。
つまり、人々はこの星に根を下ろして暮らしている。
で、不時着から200年経って、今さらクイーン・アンが様々な科学技術を封印する(禁忌とする)って決めても、みんな本当に従うのかなあ。
それに、なんでクイーン・アンはそんなに影響力を持っていたのだろうか。
はたまた、科学技術を廃し、ローテクな暮らしをすると決めても、宇宙をわたってくるような人々に、そのローテクな技術が伴っていなかったのでは。
つまり、彼らはそんな暮らしでは、生きていけないよね?

(06.01.07 日記より)

 

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