江ノ本瞳『セシリア・ドアーズ』
眼から感染する「染視病」が蔓延している世界。
母親と妹を失い、義父に捨てられた響は、染視病の特効薬を開発したという海と出会う。
響は、海とともに「ウェット」を探すことにする。2巻は、海の兄・架静と、響の物語。
海の遺した特効薬を、地下薬局に売りながら生計を立てるふたり。
やがて、 ふたりの心は微妙にすれ違っていき……
もう10年くらい前の作品なんだね。
何度か読み返しているけど、前回読んだのはいつだろう?
なにもかもが懐かしい。
「きみは彼らのことがいなくなればいいと思っているね」
で、義理とはいえ「父親」に簡単に毒を盛る。
怪しい新興宗教の団体がいれば、
「あいつらむかつく」
「では殺そうか」
「いいよ、めんどくさい」
思いつきで「バカ」「タコ」「ボケ」「死ね」と言い、
あっさり実現させたり、あっさりやめたり。
『セシリア』は、世界も人もみんな「イカれてる」。
10年前の世の中は、心の中に潜むそんな「イカれてる」状態を、
漫画という架空の世界に昇華させて、浄化していたのだろう。
かつてのわたしも、その時期特有の後ろ向きな精神を、
そうやって慰めていたのかもしれない。
でも、今は、この10年で物語は現実になりつつあるわけだ。
人が死んでも、人を殺しても、気にしない子供たち。
すさんだ気持ちを「イカれてる」と吐き出すことで自己消化することもできず、
突発的な行動で、表に出してしまうのか。
怖ろしいとか、嫌だわとかでもなく、
大人が悪いとか子供が変だとか、誰のせいというのではなく、
この変化を、どう受け止めたらいいのかしらん。
『セシリア』は辛辣で毒を含んだ物語だけれど、
救いがないわけじゃない。
人が人と寄り添うことを、ちゃんと描いている。
江ノ本さんの絵によるところも大きいが、だから美しいのだ。
(05.02.20 日記より)