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2004年10月14日(木) それにしても、熱燗が飲みたくなる(センセイの鞄)
川上弘美『センセイの鞄』読了。
こんな関係が、本当にあったらいいのにと、うらやましく思う。
しかしまた、本当にあったら、たいへんかもしれないとも思う。
人が、人として、なにか物理的なところを超えたところで、
通じ合っているという感覚。
通じ合うというより、感じ合うという方が近いか。
最終形として、「正式なおつきあい」をすることになっても、
男と女を意識するようになっても、
やはりそういったものを超えたところに、
二人の意識があるのだろうと思うのだ。
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読み終わったのは、本当はもう2週間くらい前なのだ。
小学校に、「初めての感動を大切に」が口癖の教師がいたが、
「新鮮な感動も大切に」と思う今日この頃。
読みたての勢いで書いてしまうのが、
なかなかに楽しいものだと、気づいたというのに。
2004年10月16日(土) 電話の気持ち
電話をするのは苦手だ。
とりたてて用もないのにかけるなんてできないし、
用事があっても、なんとかかけずにすむ方法はないかしらと思ってしまう。
(ついでに言えば、メールも苦手だ)
けれど、今日は違った。
会っていたときは、きちんとお祝いを言えなかったような気がして
なんとなく気持ちの高揚も手伝って、
すんなりと指が動いた。
おめでとうとありがとうをくり返すだけの、たいした会話じゃなく、
けれどそれだけで、向こうが喜んでくれたのもわかって、
うれしくて、うれしくて、あったかくなった。
2004年10月18日(月) 不等号の嘆き
似て非なるもの。
〈〉と<>。
不等号が、括弧になんてなりえないことくらい、
わかろうというもの。
素人なら別にいいけど、
それを扱うのを生業としている人ですら、
十中八九間違っているのは、なんで?
2004年10月31日(日) 平助、逝く
「新撰組!」とうとう油小路。
藤堂平助の最期。
だいたいにおいて、大河ドラマは歴史ドラマだから、
ストーリーはわかっている。
だから、油小路のことも、結末は知っていたわけで。
だけど。やっぱり悲しい。
中村勘太郎の藤堂平助は、平凡で、優しいやつ。
斬り込み隊長だったらしいけど、そんな雰囲気はなく、
どっちかというと後ろから尻尾振ってついてくるような感じ。
争いごとは避けたいっていつも思っている。
その平助がかつての仲間と今の仲間の狭間に苦しんで、
最期には自身の義を貫いて、絶対にかなわない相手に向かっていく。
このときの勘太郎の形相がすごい。まさに鬼の形相。
心が泣いている。
あまりに平助がぽーっとしていて、
頼りなさげでどうなのよ、って思う面もあったけど、
この最期のシーンを観れば、勘太郎しかできなかったと思えた。
さすが、歌舞伎役者。
どんなジャンルでも本物の役者はすごいものだと思ってるけど、
着物の所作とか、この表情や心の表し方は、やっぱりさすが。
話の中身はまったくダメダメだったけどね。。。
(頼むよ、三谷さん!)
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