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| 4月6日 松嶽山―西帰浦 朝食はスケソウダラのスープ。 韓国ではこのスケソウダラの干物をもどしてさまざまな料理につかうが、このスープは程よい塩味にうまさが凝縮して、味わい深い。私の好みのスープの一つ。 余り寒くないが、強風が吹きつけ波立つ海辺を右に見ながら、7時45分スタート。山房山(サンボウサン=写真下)は前方にクッキリ見えるが、漢拏山は頂上が雲に隠れて見えない。容赦なく強い風が前から吹き付ける。帽子が飛びそうで、手で押さえながら歩く。海岸の柵に中には鳥の化石の説明板がある。漁村から緩やかなのぼりで峠につく。山房山の直下、地中から溶岩塔がせり出した痕跡を示す、大きなすじ状の石が幾重にも重なっている。眼下の海辺には昔のオランダの船が復元されている。朝鮮王朝時代の1653年、長崎に向かうオランダ船が難破してこの近くに漂着、オランダ人は幽閉された。13年後、8名が脱出し長崎に到着した。この顛末を船員のヘンドリック・ハーメルが出版し、朝鮮という国が本格的に西欧に知られることになった。そのハーメル一行を記念する展示館がここ西帰浦市安徳面沙渓里に建てられている。 |
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峠を下ると漢拏山が目の前に見えてくる。ミカン農家の店先には、「どうぞお持ちになってください」といわんばかりに、沢山の少し傷物のミカンが並べられている。「美味しいかな?」と少しずついただく。海を見下ろす場所でトイレ休憩。歩きだすと、それは見事な満開の桜並木が道の両側に現れた。雨が上がったばかりのような曇り空だが、満開の花の美しさは格別。この桜の色合いはソメイヨシノよりはピンクの色合いが濃く、「済州島原産」の品種に近いようだ。9時半、再び1132号に合流。雨が降りだす。お昼過ぎ「中文観光団地」に入る。ここは観光特区とも言うべきエリアで、韓国有数のリゾートホテルが建ち並ぶ、高級観光地。「石焼きビビンバ」で早めの昼食をとると雨は上がっていた。海岸を見下ろす丘にはベンチが一つ置かれていた。有名な映画「シュリ」のラストシーンで主役の2人が坐って語り合った場所として有名な場所。済州島は韓国の映画やテレビドラマが多数撮影された場所があり、このロケ地巡りも観光の目玉になっている。菜の花咲く丘で銀婚式記念旅行の壮年カップルが手を組んでいた後姿が印象的だった。そして一周ウオークの前に参加して歩いた「済州島国際菜の花ツーデーマーチ」のコースに入って行く。スタート地点のコンベンションセンターを過ぎ、ワールドカップ競技場を回ると再び雨脚が強くなる。競技場前には大きなトルハルバン(写真左)が並んで送ってくれた。雨の中を早足で歩き、午後4時20分、西帰浦市のゴールに到着。握手し、抱き合って喜びあった。歩行距離は36「。7日間で220「を歩いた。一日の平均歩行距離は約31「。出発地点の菜の花はすでに枯れていて、桜の花も散っていた。あっけないような7日間のウオークだった。それでも、毎日「風」を友だちにして、青い海、白い砂浜、黒い溶岩石、満開の桜と菜の花を見ながら、日韓のウオーカーがおしゃべりし、美味しい物を食べながらの「歩く旅」は「楽しい」の一語に尽きる。 このウオークは昨年の「21世紀の朝鮮通信使 ソウルー東京 友情ウオーク」の「同窓会ウオーク」として企画された。昨年は「正使」として、緊張しながら歩いていた宣相圭さんが、ただのウオーカーとして楽しそうに歩いていたのがとてもうれしく印象的だった。 済州島のみなさんに感謝。全区間を暖かくサポートしてくれた柳済天さんに感謝。共に歩いた宣さんと呉さんに感謝。そして昨年から引き続いて共に歩いたウオーカーの皆さんに感謝。 そしてこの感激は次の「第2回 21世紀の朝鮮通信使 ソウルー東京 友情ウオーク」に引き継がれると信じて、カムサハムニダ!。 |
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