4月4日 済州―翰林
昨夜夕食を御馳走になっつた金東聖さんは、ストレッチの後、みんなと握手してソウルへの帰途につく。7時45分スタート。椰子の木の街路樹が長く続き南国ムードの町並み。歩き出してすぐに海沿いの道へ。右には穏やかな海が続き、左には生簀を持つ食堂が立ち並ぶ観光地の上空を大きな航空機が着陸態勢で下りてくる。済州空港が近いようだ。歩き出して1時間半、昨日の食堂に立ち寄り、コーヒータイム。島の北西部にあたるこの地域から見る漢拏山の頂上には、溶岩ドームが見える。北海道の樽前山に形がよく似ている。川はあるものの、どの川にも水が流れていない。島全体が溶岩に覆われているので、雨水は岩に浸み込んで、表面に出てきて流れる量は少なく、いつもこのような乾いた川のようだ。昔から島民は少ない水をもとめての苦労が大変だったという。水を運ぶ仕事は大仕事だったのだ。ところがいったん大雨が降ろうものなら、急流となって流れ落ち、浸水被害など洪水による災害に襲われるのも常のようだ。今日はザックが何故か重く感じられるの、ワゴン車に預け、カメラだけを持って歩く。長い海岸道路にはトイレが無い場所もあり、宣さんがレストランで交渉をしてくれる。椰子の木と松林が並ぶ道は、「どこにある島かな?」と思わせるような奇妙な光景だ。

眺望のよい食堂で「サバと大根の辛味鍋」の昼食。「サバの味噌煮」の韓国版というところか。つけだしに出た海藻のワカメでキムチを包んで食べるとうまい。レジの上には大きな写真が掛けられている。店の女主人が「全国のど自慢大会」で優勝したときの写真。


道路で海藻を干す
午後から風が強くなる。海からの外敵の侵入を防ぐ軍施設がある海岸には、昔の「狼煙台」があった。石が高く積まれた狼煙台は、かつては朝鮮王朝時代などに、連絡手段として使われた重要な施設だった。涯月邑ではがけ下の遊歩道を歩く。溶岩の間には緑色の青ノリがこびりつき、溶岩の黒、砂浜の白、海の青と色彩のハーモニーが美しい。戦前はこの港から日本に渡った人が多かったという。国道に戻ると珍しいキャベツ畑やブロッコリー畑が続いている。午後3時すぎ、歩行リーダーの阿部覚さんが車道と歩道の境にある光反射盤につまずいて転倒。この反射盤はウオーカーにとって、とても危険なもの。手をすりむき、腕を打撲してしまった。午後5時過ぎ、目的地の狭才海水浴場に到着。歩行距離は39「。済州島の海岸では1,2を争う海水浴場で、白砂が続き、観光客が散歩している。海の先には形の良い飛揚島が見える。この島もオルム(寄生火山)の一つだ。太陽が雲間に沈んで行く。宿は砂浜沿いのペンション。4部屋で、各部屋には8畳大のオンドル部屋、ベッドルーム広い居間、二つのシャワー・トイレがある。夕食は宿の食堂で鯛のチリスープ。
少なくなった済州島の伝統家屋(上)

4・5 翰林―松嶽山
朝からどんよりした空模様。雨の予報が出ている。朝食は「ヘ・ドップ」。ご飯の上に別に盛られた刺身、生野菜を載せて、コチジャンなどと混ぜて食べる。柳さんが「今日のコースは余り良くないです。海岸の後は内陸の道を歩きます。昼食は24「地点で遅くなります」とコース説明。ペンションのバスタオルをお土産にもらい、おかみさんの見送りをうけて7時45分スタート。海岸の駐車場にはトルハルバンが対になって置かれている。一つだけでなく二つがいつも並んでいるのが特徴。顔は同じようだが良く見ると、手の位置が違う。大きなコンドミニアムの前にはたくさんの観光バスが並び、次々に高校生たちが乗り込む。道端で水やバナナを用意している人たちがいる。今日は「済州島一周マラソン」が行われていて、ここで選手たちに渡すのだという。海岸でトイレ休憩していると、ランナーが一人走ってきた、アジョシ(おじさん)ランナーで、ゆっくりした足取り。トップランナーかな?みんなで拍手して見送ると、笑って手を振って走り抜けて行く。マラソンクラブに所属して、いつも走っている延与恭子さんが追いかけて並走する。町中にあるチェックポイントの役員に聞いたところ、5回目の大会で、朝5時済州市をスタートし、一周200「のコースを34時間以内で走る。約100人の参加者の中には日本人が3人参加している。早い人は20時間でゴールするそうだ。いやはや大変なものだ。追いかけて200。走った延与さんは「スピードは時速10「ぐらいかしら」と説明。参加費はW150,000。
昼食が遅くなるので、町中で宣さんがパンを買ってみんなに振まう。一周道路の国道1132号に合流。サボテン畑が広がり、濃い赤紫の実をつけている。薬用に使われるほか、済州島土産のチョコレートにも使われているそうだ。マラソン走者が追い抜いて行く。スタート地点からはすでに40「走っているわけだ。足には何本ものテーピング。立ち止まって、ザックの中から食料を出して補給。この地域も風力発電の風車10数機がゆったりと回転している。工事中のバイパス道路を歩くと農家のアジュンマがミカンを差し入れてくれた。10時過ぎ高山里で休憩。きのう怪我をした阿部覚さんの手が腫れて痛いため、柳さんの案内で病院へ。川田さんも膝痛のため同行。雨が降り出し、病院の2人が合流したが、川田さんは痛みのためドクターストップでワゴン車に。阿部覚さんは手袋をして歩き出す。鍼治療(7本)の治療費はW17、000、保険があればW5,000だそうだ。タマネギに水をまくスプリンクラー用の大きな水槽が畑の中に立っている。昼過ぎ、マラソンランナーの支援の女性が「頑張って下さい」と我々にも手を振って激励してくれる(この女性は日本からのマラソン参加者の奥さんだった)。
午後1時、「カルビタン」の昼食。雨がやんで桜の花が散り始めている。新しいバイパス道路を進むが、間違えて引き返し、海を目指す田舎道に入る。旧日本軍の施設が残されている。防空壕のようだ。キャベツ畑が広がる丘陵地帯は「旧日本軍の飛行場があった場所です」と宣さんが説明してくれる。畑ではアジュンマたちがキャベツの収穫に忙しい。道路工事中の穴をのぞくと、30下には大きな石がごろごろと重なっていて、まさに「石の島」そのものだ。丸く大きな溶岩の塊のような溶岩ドームの山、山房山を見ながら海岸沿いのペンションに午後3時半到着。歩行距離は33「。前には波立つ海と二つの大きな岩(兄弟島)が見える絶好のロケーションだ。部屋は大きなリビングルーム、ベッドルーム、に8畳大のオンドル部屋。シャワー・トイレは二つ。この部屋に6人で泊まる。シーズンオフなので1部屋、W120,000にプライスダウン、一人W20,000。
まで時間があるので、宣さんに誘われて呉さん、太田さんとタクシーで「サウナ」に行く。昼食の町まで戻る。サウナというのは、「サウナ風呂がある大きな銭湯」と思えばよく、このサウナの料金はW40、000。久しぶりに大きな湯船で体を伸ばしてリフレッシュ。湯船は3つあり、ぬる目の38度、ちょうどいい42℃、そして水風呂。この水風呂の浴槽が一番大きいのだから驚く。以前もサウナに入ったら、一番多く人が入っているので、ちょうどいい温度かな?と手を入れると、なんと水風呂なので驚いたことがあった。夕食は宿の食堂で「ヘルムタン(海鮮鍋)」。一人W38、000。