22
「心を黙らせることはできない。たとえおまえが心の言うことを聞かなかった振りをしても、それはおまえの中にいつもいて、おまえが人生や世界をどう考えているか、くり返し言い続ける」
「アルケミスト」から

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悩んでいるときや迷っているように感じるときにも自分の考え方の根本はすでに決まっているのだと思います。その道をいくために納得したいのだと思います。だって、心は確かに絶対に黙っていないからその心の言うことに抵抗したりしてもいつかはそちらに向いてしまうのだと思います。
悩んだら・・・心のおもむくままに行くのが一番いいのだと思っています。


21

「憎しみや、数多くの悪意によって一般の人間社会から引き裂かれた僕たちは、
自分の心を憎しみや悪意で固めたりはしません。隣人への愛と、人種差別、
宗教差別、民族差別への反対が現在も将来も僕たちのまず最初の法律になります」

ナチスの強制収容所時代にチェコのテレジン収容所で作られた
「子供達の自治会」発足宣言

中心となっていたペトル・ギンツ君は1944年9月テレジンから
アウシュビッツに移送されそのままガス室に送られた。
16才だった。(天声人語から)


20

この暗い時期にも
 いとしい友よ 私の言葉を入れよ
 人生を明るいと思うときも 暗いと思うときも
 私はけっして人生をののしるまい

   ヘッセ

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私も生きている限りは、人生をののしるまいと思う。

19

人生の旅の中には、いくつかの岐路がある。中学校を卒業する時に
画家になる決心をしたこと、しかも、日本画家になる道を選んだのも、
一つの大きな岐路であり、戦後、風景画家として道を歩くようになったのも
一つの岐路である。その両者とも私自身の意志よりも、もっと大きな他力によって
動かされていると考えないではいられない。たしかに私は生きているというより
生かされているのであり、日本画家にされ、風景画家にされたとも云える。
その力を何と呼ぶべきか、私にはわからないが――。(東山魁夷・本巻15「旅」より)
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こういう人に比べるべくもないが「その力」が私にとっては
周りの人達であり周りの人達によって作られ生かされていると感じている。
作者と作品というものは当然深い関わりをもっているのだろうが
私はこの人の精神の崇高さが作品を崇高なものにしているのだと思っている。



18
たとえどれほどささやかなものであろうと、
自分の役割に気づいたとき、はじめて私たちは幸福になるだろう。
そのときはじめて、私たちは平和に生き、平和に死ぬことができるだろう。
なぜなら、生に意味を与えるものは、死にも意味を与えるからだ。

人間の大地、より

17

れからおまえの前に道がいくつもひらけて、どれを行っていいかわからないときには
気まぐれにどれかをえらばずに、そこに座って待ってごらん。おまえがこの世に     
生まれ出てきた時と同じように、たくましく深い息をして、どんなことにも気をそらされずに
ただ待ち続けてごらん。黙ってじっと座ったまま、心の声を聞いてごらん。        
そして声が聞こえたら立ち上がって、おまえの心のおもむくままに行くがいい。     

スザンナ・タマーロ「心のおもむくままに」の最後のページより。(泉典子訳)
祖母が孫娘にあてた長い長い手紙の最後の文章。



16

  人間の一生に思いを馳せて、その一瞬のまたたきにも似た短い人生の中で、
 一人一人の人間が営々と積み重ねていくもの、それがいつしか文明とか文化とか、
 つまり時間や空間を超えた大きな流れを形づくっていくのだろうと思います。
    (平山郁夫・本巻46「仏」より)
 
  こういう文章を読むと一人一人がめいめいとしてちゃんと生きることの大切さを感じます。
          文明も文化も後世に名を残した人だけでなくみんなが関わったのだと思います。 
          

 15
 一個の人間

 
 自分は一個の人間でありたい
 誰にも利用されない 誰にも頭を下げない 一個の人間でありたい
 他人を利用したり 他人をいびつにしたりしない
 そのかわり自分もいびつにされない 一個の人間でありたい
 自分の最も深い泉から 最も新鮮な
 生命の泉をくみとる一個の人間でありたい

 武者小路実篤 「一個の人間」の前半。中学生の頃読んだ。
 私はこう生きたいと心から願った。今でもその気持ちだけは変わっていない。(と思う)


 14
 や
さしい仮象よ、おまえの戯れに喜んで身をゆだねている私を見るがいい。
 ほかの人達は目的や目標を持っているが私は生きているだけでもう十分なのだ。
 
 そのような象形文字を解くことがたえず私に生き甲斐を感じさせるだろう。
 なぜなら永遠なるもの、本質的なるものは、私自身の中に住んでいる事を
 知っているから。
 
 10代から20代にかけての私はこのような言葉に惹かれていた。
 本当の生活が足下にあることを認めたくなかったのだと思う。


 13
 
 それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから
 前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりは
 このまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。
 
 「銀河鉄道の夜」から・・・・子供達とともに海に沈んだ家庭教師の言葉。
 私はこの部分は涙なくしては読めません。


 12

 「この世で経験することは、なに一つ空しいものはない、
 歓びも悲しみも、みんな我々によく生きることを教えてくれる
    ・・・・大切なのはそれを活かすことだけですよ」
 
 山本周五郎「花匂う」の主人公の言葉


 11

 偉大なる愛よ我が胸に宿れ 大自然の真景よ 我が胸に映れかし
 願わくば我が精霊の力の尽きざる内に 肉体の滅亡せざらんことを

 
 倉田百三 「愛と認識との出発」より
 20代の始めに好きだった言葉。


 10正しく強く生きるといふことは みんなが銀河全体を めいめいとして感じることだ

 宮沢賢治 「春と修羅」の中の作品の冒頭の部分。
 中学生の時になんと素晴らしい言葉だろうと思いました。


 9

 赤い椿 白い椿と 落ちにけり

 作者を忘れました。  
 追記・・・ここを読んだkazuさんが河東碧梧桐の句だと教えてくれました。ありがとう。


 8・

 生ぜしも独りなり 死するも独りなり
 されば人と共に住するも独りなり
 添ひ果つべき人無き故なり
  一遍上人

 生まれる時もひとり 死ぬ時もひとり 人と一緒に暮らしていてもひとり 
 一緒に死ぬ人はいないのだから。
 孤独感
(愛されている事を知っていても感謝していても時折ふっと湧いてくる孤独感のこと)
を当たり前のものとして、しっかりと受け入れること。そしてそこから出発すること。
 その上に様々な事を積み上げていくこと。そんな感じで受け止めた言葉です。
 無常感、諦めとは違います。スタートです。


 7

 「神様が正義ばかりで裁判をなさるとしたらこの世の中に罪の無い者があるだろうか」
 
 「ヴェニスの商人」の中の「ポーシャ」の言葉。小学生の時にこの言葉に感動した私は・・・・、
 何を考えていたのだろう。


 6
紅梅
 
 「ひと枝あげましょう」
 「やっ、これはありがとう」


 5

 あこがれとは、揺れ動く波を住みかとして、時間の中にふるさとを持たないこと
 願いとは、日毎の時間が、永遠なものと小声で交わす対話
 そして生きるとはあるきのうという日から、すべての時間のうちで最も孤独な時間が立ち現れ
 ほかの姉妹達(時間)とは違った微笑みをたたえて永遠なものに向き合って沈黙するまで
のこと。
 
21.2才の頃に好きだった。      Rilke


 

  
心は汚しちゃいけないよ。取り出して洗えないからね』.....


 3

心だに誠の道にかなひなば祈らずとても神や守らん。
....菅原道真
 
 小さい時に教わりました。今となっては父の形見とも思える歌です。
 病気で亡くなりましたが、その潔さに全てが尊敬にかわってしまいました。


 2「アンネの日記」、10代の頃読みました。ナチスの迫害により隠れ家でくらした少女の日記。
 この日記は映画化され、その映画「アンネの日記」のラスト・シーンで、アンネの声で被さりました。
 
 嫌なことだらけだけど、それでも人間の本質はほんとは善だと信じます。
 「In spite of everything I still believe that people are really good at heart」
 
 私も人間の本質は善だと信じています。まして様々な事情で歪められなければそれは疑いの無い事
 だと思えます。善の本質に被せてしまった悪を取り除く方法は私にはわかりませんが、いつの日か
 世界の平和と並行して人々は善の核だけになれると信じています。


 

 『変えることのできないものについては、それを受け容れるだけの心の落ち着きを
 与えたまえ。
 変えることのできるものについては、それを変えるだけの勇気を与えたまえ。
 そして、変えることのできるものと、できないものとを見分ける智恵を授けたまえ。』

 
 1978年に78才で亡くなったプロテスタント神学者のラインホルト・ニーバーは1934年に
 マサチューセッツ州のある田舎の教会の礼拝で前記のような祈りを捧げた。
 
 この祈りの言葉は、第2次大戦中に、兵士へのクリスマス・カードに印刷されて送られたという。
 日本では戦後まもなく作家の石川達三氏が「こんなに心を打つ言葉には今まで出会ったことがない」
 と感銘深い文章を遺している。(日野原重明・老いを創める)
 (注。toko・創めるははじめると読んで下さい)

 何十年も昔、前記の言葉を知りました。出典は知りませんでした。
 ヤフー掲示板・文学、全般「あなたのとっておきのジョークをどうぞ」のblueshadowさんに検索して
 頂いてこれがラインホルト・ニーバーという神学者の祈りの言葉だということを教えて頂きました。
 感激でした。ありがとう。


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