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粋を極めた26文字文学。古典落語などには頻繁に登場しますが、昨今書店でも新聞でも殆ど見かけることはなくなりました。「お気に入り」と「新作」に分けて紹介し会いませんか。5字冠りも可とします。伝統を絶やさないためにというほど大げさではないのですがみなさん一緒にたのしみましょう。
それでは「お気に入り」をひとつ
和歌はみやびよ 俳句は味よ
わけて俚謡は 心意気
黒岩涙香
続けて新作を
どこであなたが
どうしてようと
いつでもわたしが
ついてます
お粗末でした。
もう誰も来てくれないかと半分あきらめてましたよ。私もどっちかというと「ずぶしろ」で、れくちゃあできるほどの知識は無いんですよ。よかったら
http://plaza5.mbn.or.jp/~tatihana/
ここを覗いてみてください。
どどいつってきらーくに楽しめると思いますよ。一昔前の歌謡曲や民謡は殆ど、どどいつですもんね。
ご存知リンゴの歌の
あかいりんごに
くちびるよせて
だまってみている
あおいそら
も、りっばなとどいつになってますし
ご存知かどうか民謡の『新相馬』の二番、三番
秋の夜寒に
針の手とめて
主の安否を
思い出す
ほろりなみだで
風呂焚く嫁ご
煙いばかりじゃ
ないらしい
なんてのは節を知らなくても結構楽しめますよね。
ぜひまた来てくださいね。
一気に盛り上がってきました。といっても三人ですけど。
pata1967さん落語おすきなんですね。わたしもです。特に、志ん生大好き。
つねりゃむらさき、
すいつきゃべによ、
いろでしあげた、
このからだ
廓ばなしのマクラに良く使っていました。この後ちょっと投げやりっぽく
「学校じゃあまりおせえないけれど…」と続いてどっとうけるというシチュエーションでしたね。
m_kusanoさん来ていただいてありがとうございます。
くるひとたくさん、ふえればいいと
さびしいおもいで
のむおさけ
と、折り込んでみましたが、こんな心境だったのです。いまの心境は
かおもすがたも
みえないけれど
ここにくるひと
いきなひと
こんな感じです。これからもよろしく。
*HNが違っていますがアクセス場所が変わっているためです。
はすを気取って
新宿あたり
むすめ盛りの寄席かよい
お池に浮んで咲きもせず
てな感じでしょうか?わたくしの「都々逸・お筆おろし」です。
>つねりゃむらさき〜
ありましたねえ、好きです、そういう色っぽいの。
そういえば、最初に書き込んだ「だるまさん〜」も「つねりゃむらさき〜」も私が聞いたのは 桂
文治師匠でした。
志ん生はもちろん好きですが、私の一番のアイドルは文治師匠なんです。
あと、川柳川柳(かわやなぎせんりゅう)師匠
だれも知らないか…。
先代は全くすれ違ってしまいましたが、当代は伸治の頃から大好きでした。
上野の鈴本で酔いどれ客を怒鳴りつけて追い返したシーンにも、たまたま出くわしましたが小気味が良かったですよ。
川柳川柳師匠ってたしか円生師匠門下で喧嘩して飛び出しちゃった師匠でしたっけ。
ちょっと記憶がおぼろなので間違っていたら教えてください。
ところで、色っぽいどどいつならやっぱり女心がそこはかとなく滲み出る感じがいいですよね。
そこで、四連発
すねてみせても
すぐそこわれる
ゆあみいそいで
ぬれたかみ
まさかほんきにゃ
すまいとおもい
かえってあげなと
いってみる
ほんきにゃすまいと
おもっていたに
すなおすぎると
うらむあさ
おんなのいじよと
かえしたあとで
うつりかのこった
まくらだく
先代の文治なんて知りませんって…私はいったい幾つだと思われているのだろう…。
川柳師匠は、飲酒運転でしょっぴかれた時、円生に「酒を取るか噺を取るか」と詰め寄られて「両方」と答えてクビになった剛のモノです、現在は「小さん」門下だから笑っちゃうけど、(やっぱりというか)よく立川流の若いモンとつるんでますね。
kaigen様の四連発、参りました。
やっぱ難しいです都々逸、頭の中がすっかり七五調。
どうしたらそんなにポンポンッていきますかねえ。
こんなんじゃ、立派な深川芸者になれないわ。
たいへんしつれいしました。いまや、円鏡が円蔵、小益が文楽、談志、円楽、志ん朝が大御所で、小さん師匠は人間国宝の時代ですもんね。
どどいつって口からでまかせを並べているうちに何となくそれっぽくなってくるってことがありますから、手当たり次第にやってみましょう。
らくごかたれば
みなとしよりと
おもいこむのも
としのせい
なんてね。
> どどいつって口からでまかせを並べているうちに何となくそれっぽく
なってくる
て、事はですよ、以前他所で使った流用ですがこんなのもありですかね?
パンチも効かなきゃポンチも不調
あたしゃ脳味噌たらんちゅら
馬鹿ですねえ。
調子にのってもう一丁、今度は正調(?)で
ひとにいえない逢瀬が咎で
うける酬いも蜜の味
若い頃よく会社の接待などで料亭で芸者さんに都都逸を教わったりしてましたが、今から思うと、26文字で無いのが多かったのですが、それらは亜流なのでしょうか、遊びで時折作ることもあるのですが、本当の基本形をご教示ください。
字余りでこんなのが記憶してます。
「雨だれの 落ちる軒端の石見やしゃんせ いつ惚れるともなく 深くなる」
大先輩に教示するなどおこがましいのですが、どどいつの基本形は七、七、七、五の二十六文字です。その上に五をのせた五、七、七、七、五の三十一文字も歌われ作られいてます。この三十一文字のパターンを「五字冠り」と称して立派に認められています。(oldnewyorkerさんご紹介の句はこの形式ですね)
長い歴史の間には、この句型に一定の制限を設けた流派もあったようです。たとえば、初句は必ず三四、で以下四三、三四、五であらねばならないというような。しかし、一方で、別の流派は「七、七、七、五言より成る一種の平民文学なれば決してむつかしきものにあらず」「因みに初句と第三句目の七は八でも差し支えない」としているそうですから、あまり形式にこだわる必要はないのではないかと私は感じております。つまりは、認めるとか認めないという世界ではないのかもしれません。(続く)
さらに、oldnewyorkerさんが「料亭で芸者さんに都都逸を教わったり」した時には、七七と七五のあいだに他の歌謡、端唄、浄瑠璃などの一節が挿入されていたのかもしれません。この形は「さわり入り」とか「アンコ入り」と呼ばれているようですが、これはあくまで「三味線にのせて声に出して唄うもの」としての、とどいつ活用法とかんがえるべきで、創る側には一般的ではなさそうです。斯界の第一人者、中道風迅洞先生も私選どどいつ万葉集を編むさいに、この「アンコ入り」は除外されています。とはいってもこれが亜流とか、邪道というのではなく、もともと、庶民の歌、俗謡として口に吟じ耳に聞くものであった歴史を今に残していると考えるのが妥当だと思います。
以上、私の日頃愛読しております、「どどいつ入門」「どどいつ万葉集」(ともに、中道風迅洞先生の著書)からの孫引きでご説明させて頂きました。もし説明に間違いがあればそれは私の理解力不足と説明の拙さによるもので、両書に責任の及ぶところではございませんので、宜しくご了承下さい。
どどいつは、なかなか芸術としての一ジャンルに育ちきれないところが魅力です。そう言う意味では、「脳味噌たらんちゅら」なんかは正当派に入るかもしれませんよ。
古典にも、シャレ、おどけで括られる分野があるくらいですから
猫にゃだまされ
狐にゃふられ
ニャンでコンなに
へまだろう
こんなの、裏に深い男女の機微が隠されているのかなどと考える必要もなさそうですね。もちろん、読み人知らずです。
続いてこれは新作「人に言えない逢瀬」をヒントに
お互い様ねと
つよがり言って
いい人あるよな
振りをする
狸ねいりの
心が凍る
いのちがけよと
いうねごと
最近は昼間ッから家でブラブラしていることが多いので
こんなんばっかり考えてます。
酔うて浮かれて路で寝て
いつかなじみのアスファルト
みちでひろってならせてだいて
つめたてられてするりとにげて
ひるのひなかにビールをのんで
あわときえますきのうのことも
う〜ん、あんまり「粋」って感じじゃ無いですねえ
これならどうだ。
うめにさくらにあやめ芍薬
はずれた牡丹に勝てやせぬ
常連を
のがしてなるかと
ないちえしぼり
野暮をしょうちで
てをくわえ
ということで、野暮三連発。
野暮その1
酔うて浮かれて 酔ってつぶれて
路で寝て 気がつきゃひとり
いつかなじみの いつかなじみの
アスファルト アスファルト
野暮その2
みちでひろって みちでひろって
ならせてだいて やさしくだいて
つめたてられて なれたあげくの
するりとにげて つめのあと
野暮その3
ひるのひなかに ひるのひなかに
ビールをのんで びーるをのめば
あわときえます ゆうべのなごりも
きのうのことも あわときえ
文字数を合わせてリズム感を出してみました。どんなもんでげしょう。
おお!添削ありがとうございました、今後の参考にさせていただきます。
ついでといっちゃナンですが、ずっと気になっていたのですが第1作目の
「はすを気取って〜」は「お池にうかんで」じゃないですね。
はすを気取って新宿あたり
むすめざかりの寄席がよい
泥にうかんで咲もせず
が、正解。どのみちえらく字余りで蛇足なんですけど、自分的に納得いかなかったもんで。
空模様がはっきりしなくて、いやですね。
そういえば土木作業員のm_kusanoさんどうしてるんでしょうかね。
このところの雨にたたられているんでしょうか。
今日は雨だったから仕事やすみだったのかな。
雨にちなんで古典と新作それぞれ一句
あめのふるほど
うわさはあれど
ただのいちども
ぬれやせぬ (古典)
もとのであいは
ただあまやどり
いつかしっぽり
ぬれるなか (新作)
雨の降るほど
ふみ書きおくり
ぬれておぼれる
ふみのうみ
…すぐ「駄ジャレ」に逃げるのは悪いクセです。
雨は嫌いよお外にゃ出たい
ほんにお前はわがまま猫よ
ウチにも猫が居ますが、梅雨時・真夏はみるからに鬱陶しげで
猫も嫌でしょうが、飼い主も嫌。
風情はちょつとなくなってしまうかもしれませんが、
最初の文字が決まっていたほうが創りやすいってこともありますので。
出来映えは二の次で上手く折り込めれば成功ということにして梅雨空と梅雨寒でいってみます。
最初はPataさんの趣味と、くらしぶりに合わせて、
つ ついついすごした
ゆ ゆうべのさけの
ぞ そのきっかけは
ら らくごかい
つ つらいわかれが
ゆ ゆめならいいと
ざ さめてまたのむ
む むかえざけ
つみをかくして
ゆきおうて
そっとひをけす
LUCKY STRIKE
つきのわぐまが
ゆうぐれどきに
そらにむかって
らっぱふく
つらいおもいは
ゆうべでわすれ
ざつなうたでも
むりにうたって
つきに酔うたか
ゆらゆらあるく
ざりがにくわえた
むゆうびょう
お粗末。
「折り込み」にばかり気を取られて字数がぜんぜん合いませ〜ん!
いや、いや、いや、すごい。
おもわず、口に含んだお茶を噴出し、横隔膜の痙攣をを押さえるのに七転八倒の面白さ。
特に、二番目と四番目は、思わず情景が目に浮かび笑い転げてしまったじゃないですか。
月の輪熊が夕暮れ時に空に向かってラッパを吹いている風景。
きっと胸の白い月の輪は夕日に紅く染まっていて、ラッパを吹く熊の目にはうっすらと涙がにじんでいることでしょう。なんとも言えずものの哀れを感じます。
月に酔うたか、
ゆらゆらあるく、
ここ迄は傑作古典に匹敵する素晴らしい情感。
さあどう纏めるかと期待させておいて、
いきなり夢遊病者にザリガニを咥えさせてしまう物凄い落差と大胆さ。ほとほと感服致しました。
私も負けずにと思いましたが平凡路線で
つ つらさこらえて
ゆ ゆぶねにつかりゃ
さ さらりゆはじく
む むくのはだ
いやあ、受けていただいて本当に嬉しい。
心配していたんです、ひとこと「破門!」ってリアクション
じゃないかって。
kaigen師匠のおりこみ、色っぽいですね。
これは、あれですね、女にはけして解らない
殿方の先端が、お湯にひりひり痛む、っていう…。
違います?
やばい…「破門」か?
どどいつに登場して絵になるのはやっぱり女ですよね。
男なんか風呂に入っていても色っぽくもなんともないですから。
むかしゃ天井を
めざしたわがこ
いまじゃささえが
いるつらさ
その点女は、歳に関係無く色気をふりまけますよね。
そこではないよな
きがいたします
うぶなふりして
さしずする
暫くほっといたらあっという間に下から2番目。
なにはともあれ上げておきます。
朝顔と酸漿を折り込んで
あ あんなおとこは
さ さっさとすてな
が かおをよくみりゃ
お おにがわら
ほ ほれたよわみは
お おたがいさまよ
ず すねたといきが
き きにかかる
消えてしまう〜!
ちょっと身の周りがゴタゴタしていたのと、この天気ですっかり
頭が錆び付いてしまって無沙汰決め込んでしまいました。
やっぱり心に余裕がないと都々逸のひとつも出ませんもの…
てな言い訳はともかく。
雨はふるふる
街にあたしに
花は咲かねど
赤かび青かび
てな感じです。
これからも御指導御鞭撻の程
末永くよろしうおたのみもうしあげまする。はい
pataさん、お元気そうで何よりです。
いつに変わらぬマイペースどどいつ。らしさが滲み出ております。
ところで、雨はふるふるの句ですが、最後の第4句を5字でまとめましょう
赤かび青かび、を無理やりでも5字で纏めると一気に本格っぽくなりますよ。
たとえば、
あかいかび
あおいかび でもいいですし
たして二でわって
みどりかび でもよろしいんじやないでしょうか。
雨にうたれた
つめたいからだ
こうなりゃついでの
生ビール
相合傘して
見交わす目と目
半分濡れてる
身と心
身と心で纏めるとこなんか紳士の極みでしょ。
短歌や和歌は、真面目過ぎて気恥ずかしい、川柳はくだけすぎ、と感じている人是非、どどいつにきてくださいな。
世の中の出来事や、男女の機微も、あまり、のめりこまないで、はすに構えてさらりと唄い流したいと思ったらやっぱりどどいつですよ。
涙が出るほど懐かしい人との初恋をうたっても、
こいにこがれた
たかねのはなと
まごのはなしの
くらすかい
こんな調子ですし、今まさに熱い恋愛の真っ最中でも
やぼなおとこに
ほれたがいんが
よったふりして
てをにぎる
敢えて、のめりこむまいとする強がりが、心意気ってもんですよね。
それに、7.7.7.5は俳句川柳より、長く、和歌短歌より短く、日本語の寸法にピッタリあってますからほんと簡単に作れます。是非ご参加を!
なにはともあれ
もちあげとこう
いつかかえって
くるよかん (pataさんへ)
便りあるかと
聞かれるたびに
捨てられましたと
いうつらさ (古典)
いいですねえ。ここ。なんか粋!?
私は3ヶ月前から俳句をやりはじめて、自分のは俳句というよりも都々逸かなあと思っていて。でも都々逸と俳句がどうちがうかがイマイチ良くわかっていなかったけど。あはは。
男と女の機微を思う存分織り込めるっていいなあ。俳句だとやっぱり季節感とか考えちゃうからなあ。あんまり色っぽいと俳句にならない?
私はまだどうもつくれません。
時々読みにきます。
ごらんの通り参加者のごく少ないトピックです。
ちょっと目を離すとすぐ下から5番目。
いつか独り言コーナーに転落するのではないかと危機感を抱き始めたところでした。
やあよくきたねと
かおではわらい
こころのそこで
なみだぐみ
大げさに言うとこんな心境であります。
どどいつは、文字数以外に何の制約も無くて、その文字数もアバウト歓迎です。
ぜひ作ってみてくださいな。これからもよろしく。
それにしてもpataさんどうしちゃつたんだろ。夏ばてかな。
はなれていても
わすれちゃいやよ
あのよのことと
かしたかね
逢えずにいても
瞼をとじりゃ
粋なすがたと
二十六文字
ひかなきやよかった
あのおみくじが
あなたまつみにゃ
きにかかる
* テレビなんかの占いも嫌いなんですよ。良い卦のときはいいけど悪いと何か1日中気になるでしょ。今風にやるなら、『見なきゃよかった、あの占いが』でしょうか。
きぶんしだいの
きまくれだから
おかえりなさいと
すねてみせ
* このお帰りなさいは、帰ってしまえといういみじゃありません。ねんのため。
じゃけんにするよな
そぶりがつらい
ひとにゃいえない
なかだけに
*人にゃ言えない中なんてのは思わせぶりでいいでしょ。
みっかみぬまの
さくらににてる
とおかすぎたら
していせき
むかしはきらって
いたはずなのに
なまりがうれしい
ぼんやすみ
暫く帰省してまいります。
と、いうわけで、盆も正月も帰るところもなければ(?)
帰るつもりもない不幸者の、不祥、私が留守を守らせて
いただくわけですが。
ええと、それではセンエツながら「おりこみ」のお題を
出させていただきます。
「あ、ふ、り、か」
なんて、いかがでしょうか
にゅうふぇいすのカキコミお待ちしています。
わたし?ううん。宿題にしといてくださいい!
帰ってきました。留守番して頂いたのに、結局にゅうふぇいすさんはお見え頂けなかったようで残念です。どどいつって、とっつきにくいんですかね。お隣の「川柳コーナー」は花盛りなんですが…・。
なにはともあれ、当面は細く長くの路線で生き残ることに専心致しましょう。
せっかくのお題ですから、「あふりか」で
あんなおとこに
ふられるなんて
りくつじゃないわよ
かっときた
あめをうらんで
ふるそらみあげ
りんきおさえて
かれをまつ
あなたにあったが
ふこうのはじめ
りそうばかりの
かたいやつ
出来はいまいち、ですね。
失礼いたします。
静かですね。
聞こえるのは、ヒグラシの声ばかり。
知ってる都々逸たった一つ
一人でさした、から傘ならば かた袖濡れる、はずがない。
おじゃまいたしました。
よく blueshadowさんのジョークコーナーでお見かけ致しておりますので、とても他人のような気が致しません。
ごらんのとおりの「長期時間差攻撃型チャット」のようなコーナーですが、細く長くをモットーに沈んだら上げ、沈んだら上げを繰り返してなんとか生き伸びていきたいと思っております。
お暇な折にでも、ときどきお遊びにおいで下さい。
思わず背筋を伸ばしてしまいました。 kaigenjijiiさんをジョークでお見かけしたことはございませんが・・・。別のお名前なら詮索致しません。では自己紹介は省かせていただきます。沖縄で教わった歌を思い出して、お寄りしました。気に入って覚えて来ましたものです。
君は野中の いばらの花か 暮れて帰れば ひきとめる
こんど好き勝手につくって持って参りますのでなおして頂けますか。
一句でもと思い、考えてみましたが、なかなかいざ作るとなると難しいものですね。特に頭のことばをしばるお題は、あれこれ作りますがどれも今いちで……。
せっかくですから、「あふりか」で一句
朝のホームに故郷みやげ両手抱えて帰る友
もひとつ新作で自由題ということで
今はいずこか沙汰なき友よ暑中見舞いの返る秋
こんなん作ってみました。以後よろしゅうにお願いします。
あら。
あそびにおいでと おっしゃいますな 門はしまって 鈴虫のこえ
tokotoko_99さん、早速、裏をかえして頂いて有難うございます。ジョークコーナーは1ファンとして、私は読者に徹しております。tokotoko_99さんが文学行きの電車を途中下車してジョークコーナーに颯爽と登場し、数少ない女性アイドルとして確たる地位を築かれた経緯を誠に心楽しく拝見しておりました。よって他人には思えなかったのでありますが、シチュエーションとしては上級生の美少女に遥か遠く憧れを抱く、厚顔いや紅顔の美少年と言った所ですので、決して、背筋を伸ばして頂く必要などございません。
君は高嶺の
あの百合の花
色香よけれど
実はならぬ
『こんど好き勝手につくって持って参りますのでなおして頂けますか』
いや、いや、過分なお言葉。私も、ド素人の域を脱しておりませんので、そのようなお言葉をかけられますと、とても面映いのでありますが、「鈴虫のこえ」は残念ながら字余りであります。この際「鈴」を取ってしまうとピッタリはまると思いますが…。
今後とも、よろしくお願い致します。
『今はいずこか沙汰なき友よ暑中見舞いの返る秋』
すばらしい作品ですね。とどいつは歴史的に庶民の歌ですので、和歌や、俳句より、格が下だと見られてきたようですが、これなど、和歌俳句を遥かに凌ぐ情感のこもった傑作だと思います。
「おりこみ」の方も季節感豊かで素晴らしく、是非出題者のpataさんの感想をお聞きしたいところです。
これから宜しくお願い致します。
どどいつよむ奴
この指とまれ
そっと触れてる
だけでいい 中道風迅洞
ではでは、お言葉に甘えまして早速持って参りました。笑われるのは覚悟の上です。お師匠様。
夫に宛たる 残暑の見舞い ほんとの宛名は この私
お題では難しくてどうにもなりません。鈴ははずしました。有り難う存じました。 とことこ。
今はいずこか・・・・・・私も好きです。
拙作に対し主宰やとことこさんからのお褒めのことば、光栄至極に存じます。最初にあんまり褒められると後が続きませんので勘弁してください(^^;。
とはいえ、やはりどどいつは色恋あってはじめて決まるような気もします。私といえば、とんと無縁な艶と粋。なかなかそうした歌が詠めませぬ。
#43のとことこさんの歌には
夜にお声をかけるは野暮よ愛しあの娘とよいところ
などと返そうかとも思いましたが、どうも自分に照らすとうそ臭いものです(^^;。
また何かもってきますので、批評添削してくださいませ。
>夜にお声をかけるは野暮よ愛しあの娘とよいところ
愛しあのこが いらしゃるならば なぜにわたしに お声など
お師匠様に許可無くお返しは御法度でしょうか。
あまり褒められたりすると却って構えてしまいますよね。私も師匠などと声かけられると「勘弁してください」という気持ちになってしまいます。気楽に楽しく、和気藹々とやっていきましょう。
歓迎の折りこみを作ってみましたが、4句目は「さん」にしてみました。
て でてもむごんの
る るすばんでんわ
る ルージュかなしい
さん さんかいき
て ていしゅたっしゃで
る るすばんばかり
る るいはともよぶ
さん さんぽみち
『批評添削してくださいませ』これは過分なお言葉です。気楽に気楽にまいりましょう。
なんとなんと、どどいつが一番上にいるではありませんか。5月末日にトピを立ち上げ、以来3ヶ月を経て未だ50に満たない投稿数、月平均16本と言う超スローペースが一気に一番上、感激の極みであります。
そこでtokotoko_さん歓迎の折りこみ三連発
と とけいみあげて
こ こんやもこない
と とどかぬおもいの
こ こいづきよ
と とわのあいなど
こ ことばのはずみ
と といきためいき
こ こぞことし
と とおいむかしは
こ ころすのしぬの
と どこにきえたか
こ こいごころ
『お師匠様に許可無くお返しは御法度でしょうか』とんでもないことでございます。このような形で盛り上がるのが私の望みでございました。
うむむ……むつかしい……
色気と食い気は似たものどうしちょいとつまむがげに美味い
こりゃ〜、殴られそうですね(^^;
思わず笑ってしまいました。認めていてはお返しが出来ません。
一度戻って復讐を考えてきます。
>君は高嶺の
>あの百合の花
>色香よけれど
>実はならぬ
有り難うございました。ではわたくしも、入門の心を・・・・
かい のお国の
げんじ の君に
教えを請うて
夢乞うて
こんな気持ちでおりまする。
絞りのたもとに のませたドスは 返事しだいで どこへでも
かしこ
おっしょさま、都々逸が暴走しそうです。進路訂正をお願いいたします。
絞りのたもとに
のませたドスは
返事しだいで
どこへでも tokotoko_99
できりゃそのドス
眉毛にあてて
鉄漿もついでの
新所帯 kaigenji
おまはんの
心ひとつで
のませたドスが
喉へ行くやら
眉へやら 古典改作
最後の古典は元句の第三句が「この剃刀が」であります。
この形式は五字冠りといいます。5.7.7.7.5ですね。字数が余りそうなときや、5文字の折りこみの時などには是非この形式をお試しください。
なってしまってどうしましょうと思っていましたが、kaigenjijiさんに実に上手く返していただきました。やはり最後は丸く収まるのがいいですね。
それにしても、私には鉄漿なんて言葉は逆立ちしたって出てきません。さすが年季を感じます。
刃の心は忍ぶという字つれない恋が命取り
では。
できりゃそのドス
眉毛にあてて
鉄漿もついでの
新所帯 kaigenji
勢い込んでいたのが、よろっとしてしまいました。ははーん、こういうのが都々逸ですか。又考えてきますのでよろしくお願いします。
ドスなんていう物騒なものを持ち出して失礼しました。でも実生活でもお気をつけ遊ばせ。珍しいことでも無いようですし。急にメッセージが入らなくなると心配ですからね。おっしゃるとおりつれなくすると命取りです。お名前は平仮名でもいいんでしょうか。
実生活ではかような修羅場にまきこみ、まきこまれる甲斐性はありませんなあ。もっとも、最近はヴァーチャルがヴァーチャルになっていない事件が多発してますから、とことこさんのご指摘、深く心に刻みました。
ん、作品がないぞ! また今度。
ひらがなでもかたかなでもローマ字でもお好きなようにお呼びくださいませ。
綴れを刺せと
なく蟋蟀よ
餌はあるのかと
問うてみる
この頃蟋蟀がたくさんないています。蟋蟀さえも幸せならいいな、と思うことがあります。人に言うと笑われたりしますからここに書けるのが嬉しいです。
蟋蟀という文字もよう読めませなんだが、辞書を引いてみるや「綴れさせ蟋蟀」という虫がいるのですね。皆さんの語彙の豊かさには脱帽いたします。
問うてみるを拝借して同じような句を
狭き庭松虫一匹鳴いてはやんで寂しかないかと問うてみる
今年から造り始めたうちの狭い庭にはなかなか虫も寄り付きません。一匹虫の声を聞いて、うれしくもあり、哀れでもあり……。
「秋の虫」と「とうてみる」で一句
綴れを刺せと
なく蟋蟀よ
餌はあるのかと
問うてみる tokotoko_99
狭き庭
松虫一匹
鳴いてはやんで
寂しかないかと
問うてみる teruru
虫の音止んだら
間男バレる
忍び足して
訪うてみる kaigenji
大家が格調を下げてどうする!(以上ひとりつっこみでした)
秋を盛りと
鳴く虫の音が
止めばひそかな
胸さわぎ
集く虫の音
止めてはならじ
通う恋路の
忍び足
虫の音もちろん
嫌いじやないが
主の寝息も
懐かしい
狭き庭
松虫一匹
鳴いてはやんで
寂しかないかと
問うてみる teruru
寂しかないかと問うてみる と言う言葉にとても惹かれたので、お借りしてみました。
肌を撫でゆく
秋風の街
寂しかないかと
問われたい
これどうでしょうか?
格調を下げた大家さんには、今回は失礼させて頂きます。
おししょうさま
集く虫の音
止めてはならじ
通う恋路の
忍び足 かいげんじ
すみません 集く、この字どう読むんでしょう。
文章が似ているという事には気づいておりましたが、まさかと思っておりましたのですっかりまごついてしまいました。でもお話し下さいましたことに誠実さを感じることが出来ました。このような世界もやっぱり人の世界と(あたりまえですが)少し楽しい感じも持つことが出来ました。改めてよろしくお願いいたします。
「集く」は 「すだく」と読みます。
多く集まって騒ぐが本来の意味ですが、独立して「虫が集まって鳴く」という意味があります。閑吟集に「人をまつむし、秋に集けど…」があるそうです。(続きは分りません、慌てて、広辞苑で確認したもので…)
ジョークも回文もどどいつも、言葉遊びの世界ですから、こう言う奇縁もうまれるのでありましょう。
実は私、回文初投稿の時、全く自信がなく、いつでも姿を消せるようにと、あっちのHNを使うという姑息な手段をとったのであります。皆様にお褒め頂いて嬉しいやら恥ずかしいやら、いつか常連に名を連ね、引っ込みがつかなくなっていたというのが真相です。それに、あちらのコーナーはいわば言葉遊びの達人達の集う所ですから、ここを紹介してご招待するのも気が引けたというわけでして…・。
こちらこそ改めまして宜しくご支援のほどをお願いいたします。
それはわたしと
いいだしかねて
シラノのなみだに
おもいいれ 少し大袈裟ですね。
勉強になりました。
>それはわたしと
>いいだしかねて
>シラノのなみだに
>おもいいれ 少し大袈裟ですね
しばらく笑い転げました。ものすごく大袈裟です。
にどとあわない
やくそくだけど
むねにのこった
せきひとつ
たまには私だってセンチになるのです。
てるるさんの席も空いています。
約束破って
ばかりの人が
会わぬ約束
だけ守り
夢でも会いたい
あの方だけど
残る面影
セピア色
会えば会ったで
つい意地になり
亭主自慢の
天邪鬼
世の中平和、家庭も平穏が一番でございましょう。
火花ちらせば
死んでもいいと
燃えた残り火
ちとけむい わたなべちずさん
シラノが突然でてきてびっくりして、それから想像したらしばらく笑いが止まりません。人が来なくて良かった。
てるるさーん、てるるさーん、もう日出ずる国にはいらっしゃらないのでしょうかー。
あーあ。何の因果でこんな貧乏長屋に迷い込んじゃったんだろう。マンモストピを抜け出してフラフラしてたからばちが当たったのかな。大家の管理もいまいちだし・・・・。
前に住んでた人は帰るつもりは無いのかな。
掃除をして番茶の用意もしておくから誰か帰ってきてくれないかな。(貧しくてあなたに差し上げられるものは何もありません。ただあなたを待つ心だけです)
都々逸なんかつくらなくっていいから・・・今日お昼にあんパン食べた・・でいいから・・・帰ってきてくれたら嬉しいな・・・一人じゃやってらんないよ・・・・。
<大家の管理もいまいちだし・・・・。
ズキンと胸に突き刺さるお言葉。
せっかく来てくれた人がいなくなってしまうのは管理能力不足の極みだと自省してはいるのでありますが、管理人としては、どうすりゃいいのかホトホト困惑しているような状態でして。
たとえばこんな風にやってみたら、とか、こうすりゃいいよ、というようなヒントかお知恵でもいただけませんか。たとえば、おもいっきって採点するとか、賞金出したことにするとか…・もう思いつかない。
blueshadowさんや赤犬様のようなバイタリティーが不足しているんでしょうかね。
こんやはだめよと
いったらこない
こなきゃだめよの
なぞなのに
今日もあなたは
またこなかった
過去トピ見つめて
つく吐息
少し冷たく
すりゃいいなどと
夫婦喧嘩じゃ
あるまいに
そんな時代も
確かにあった
今も変わらぬ
閑古鳥
風の噂じゃ
どこかの人と
楽しく暮らして
いるそうな
昔馴染みと
躓く石は
憎いながらも
あとを見る 古典
ちょっと旅に出ており、おいとましておりました。モバイル環境ないもので……。
かくもご心配とご迷惑をおかけするとは、そしてまた、気にかけてくださるとは。うぅっ、私、感涙に咽んでいるところでございます。ありがとうございます。皆さん。
トピックはゆっくり目を通して、また都都逸もってきまっせ!
都々逸持たないでもいいから早く来てねー。そんなもんここに来てから作ればいいんだから。いいかげんにつくりゃいいんだからね。
主宰どの、今回は失礼をいたしました。
けれども、どうか管理能力不足などと自己嫌悪にならないでくださいませ。
掲示板では書きこむ人の十倍は見てるだけの人がいらっしゃるといいます。特に文学なんてジャンルではそうだと思います。メッセージ数が少なくても読んでくださる人は必ずいらっしゃると思いますよ。
そして、誰でもそうでしょうが、掲示板に書きこむときは多少の勇気がいるものです。そのときにあたたかく迎えてくださること、そしてROM(Read
Only Member)の方に少しでも読んで楽しんでいただけること、これこそ管理人さんの(書き手にとっても)唯一の務めではないでしょうか。
そう言う点ではKaigenjijiiさんはよくやっていらっしゃると思います。
つづく
つづき
私は数あるトピックの中で、このトピックはなかなか面白いと思っています。書きこんだときに皆さんが、あたたかく迎えてくれたことはもちろんですが、それとは別に、純粋に「どどいつ」の言葉の波が面白いのです。
私は少々俳句や和歌もかじりますが、俳句ではひとつの言葉に深遠な意味を込めなければならないし、常に季節感を込めなければならず非常に神経を使います。和歌はわりと自由ですが、時としてその自由さが冗長となりだらだらしたり、かえって訳のわからない抽象に走ってしまいがちです。
そんなとき「どどいつ」ってのはちょうどはまると感じるのです。まさに
和歌にや短し俳句にや長し都都逸ならばちょうど良い
って感じですか。何しろ高尚ぶる必要もなく色事もOK。さりとてちょっと気取って読むこともできますし。
まあ、ゴタクはこの辺にして、また変わらず楽しんでやっていきましょう。
長くなってしまって申し訳ありません。お詫びついでにもうふたつほど。
離れていても心のよすがなんぞ帰らぬことやある
寂しい秋風身に沁む夜は共に語らんいざ飲まん
ごめんなさい・・・・こんなに皆であやまりっこする事になったのは、私が自棄をおこしたからなんでしょうか。
ひまならきてねと
いうばかあるか
なにがなんでも
あいにこい
だれでもはじめは
へたくそなのと
やさしくおしえて
くれたひと
えーっと、これは、あくまでトピック管理手法のことでして、決して若い頃の例の話じゃありません。
すっかり慰められちゃいまして、また元気出して頑張ります。
>だれでもはじめは
>へたくそなのと
>やさしくおしえて
>くれたひと
>えーっと、これは、あくまでトピック管理手法のことでして、決して若い頃の例の話じゃありません。
・・
・・
・・
今はへたくそではないと謎をかけていらっしゃるのでしょうか?、遠回しに自慢していらっしゃるのでしょうか?うといものですから・・・・
これは、あの、その、kaigenjiにも、そのような、あのようなうら若き純な時代もあったというだけのことでありまして、ましてや、上手か下手かなど批評してくれるお相手もいないようなあり様でございます…・。
人様に
自慢するよな
技でもあれば
今ごろジゴロで
楽してる
さあて、
仕事も終わった飯風呂すんだ誰か来ないか待ってみよう
てなところで。誰か声でもかけてくれんもんやろうか。
うーん、最近はなかなか思いつかないなあ。#79のとことこさんやや#80の主宰のように味わい深いのが好きなんですが……。
お疲れ様でした。
ちょっとふらふらしていたら、さっそくいらしてくださいましたね。
ひょっとしてとことこさん常駐してますね?
うーむ、ごく私的な会話だ。
短歌をひとつご披露して下さい。ここは大家さんに内緒で・・・
なんだか、昔のことを思い出す夜です。秋だから?
幸せな妻の寝顔を見やりつつ思い出すのは若き日の恋
いやいや書棚を整理したから?
本棚の角にありしは色褪せた古き日記と啄木の本
啄木よ!わが青春の思い出よ!今は昔の甘き記憶よ
今一度歌詠まんとて筆をとりただ灰皿の埋まるのみなり
何か感傷的でいけませんなあ。
いかん、ここはどどいつのコーナーだ。大家さんには内緒ですよ(ってばればれやんけ)
私も少し前に書棚を整理したら、嵐が丘の文庫本が出てきてとても懐かしかった。買ってもらったものです。思い出です。10代のね。とうきよの・・・
では失礼を・・・
お詫びにどどいつ書いときましょう
昔懐かしあの赤提灯にちょいと寄り道しただけよ
ではおやすみなさいませ。
ブロンテかあ…。
仲間はずれの
泣き虫坊主
今日もしゃぶった
指の味 「久米ひろ子・しぐれ吟社」
泣かないのよ、大きくなったらわかるけどね。泣けない悲しみもあるんだからね。
おもすぎる
自分の気持ちが
どうにも出来ず
ひとの心も
はねつける
秋ですもの・・・・柿!・・・栗!・・・サンマ!・・・
ちょっと買い物に行ってきますね。
離れて座って
何にも言わず
柿をむいてる
恋もある
四十路過ぎても
栗むく指に
色気感じる
恋もある
夫婦二人で
静かな夜に
秋刀魚分け合う
恋もある
夫婦三景、ちょつと感傷路線。秋ですね・・・・。
砂山の
砂に腹ばい
感じる痛み
ハイレグ水着の
大胆さ
これは、とことこさんには分らない痛み。
君に似し
姿を町に
見た気がしたが
時の流れは
計算外
失礼しましたてるるさん、私も石川啄木は大好きです。いくつ思い出せるかと聞かれたら即座に20や30は並べられるぐらいです。それが、パロってどどいつにするとこうなってしまうんですね。
また啄木を持ち出した。文庫本と啄木はつながっているのです。
>啄木よ!わが青春の思い出よ!今は昔の甘き記憶よ てるる
この歌そのもの・・・やわらかに柳・・・・・この歌碑を見に行っただけなのに、死ぬほど怒られた時代もあったのです。きのうてるるさんの歌でドキッとした・・・。大家さんがまた持ち出した。違う話題になったらまた呼んで下さい。ここの大家さんは、私のちいさな心臓に悪いことをします。
色っぽいのを紹介しましょう。
破礼句(ばれく)と呼ばれるジャンルの古典を
娘したがる
その親達は
させてみたがる
繻子の帯
年もゆかぬに
さぞ痛かろう
初の旅路の
草鞋くい
雷の光で
逃げこむ蚊帳の
中でとらるる
臍の下
梅もきらいよ
桜もいやよ
ももとももとの
あいがよい
横に寝かせて
枕をさせて
指で楽しむ
琴の糸
てなところで、気分転換を。
こういうのは嫌いじゃないですね。
現代の、たとえば某掲示板を見れば、表現がストレートで程度の低いものばっかり。少しはヒネれって思いますけど。
その点こういったどどいつには露骨なりにもひねってありますからね。多少は知性が感じられるというものです。
もっとも
松茸を焼いて食おうか似て食おうか……
なんてなると、大して知性もないですが……。
ただし、これでは女性客はつきませんぜ(^^;>主宰殿
このトピをずっーとこの路線にするつもりは毛頭ありません。これは、あくまで気分転換の一時避難ですよ。
昔の悲しいことを思い出して落ちこんでいるときなどに、ニャッと笑って気分一新のできる薬を調合したつもりだつたんですが、処方箋を間違えちゃいましたかね。
言葉はいらぬ
指輪もいらぬ
ゆっくり歩く
ひとが好き
別に好かれたくもない。そう言っちゃおしまいよ。
雁はまあまあ良かったけど。
歌はみなまで
言わぬが花よ
絵でもぼかさにや
絵にならぬ 涙香
小さな親切
おおきなお世話
有難迷惑
世の習い kaigenji
ありがた迷惑にも、程度というものがものがあります。ほとんど犯罪です。
昨夜テレビを見ていたら、「実録・超最新犯罪ファイル」というお題で痴漢逮捕の瞬間などを撮った番組をやっていましたが、放送していたのはなんとあのTBS系列。笑わせてくださいます。
どうせなら自局の社員のあとつけまわし番組作ればいいものを
思わず頭に浮かびました。
何とか県警に探偵を常駐させるのはどうでしょう。ちょうど。ニュース見てたもので
まったく何を信じていいのやら
キャリアに傷つきゃ出世も終わるウソも方便の本部長
時事川柳があるんだから時事都都逸もありでしょう?
7文字だけ決める。何処に入てもよい。広く募集する。というのはどうでしょうか。
あやせばあやす
ほど愚図る子に
途方にくれてる
稚い母
洒落とおどけに
本音がちらり
都都逸は市井の
唄だもの
つぼをあやせば
すぐにと寝つく
寝るま惜しまず
けいこせい
あわずにわすれたぬしのかお
ゆびとかたちでおもいだす
面白いかも知れませんね。あるいは、下の句だけ決めて上句を募集する、なんてのもあります。
集まるかどうかは別ですが……。
>pataさん、留守の間に騒いでおりました。よろしくお願いします。
言葉のはずみと
若気のいたり
胸に刺さった
ままの棘
意地の張り合い
ごめんなさいが
お互い言えずに
終わる恋
あからさまには
言えないことを
託すどどいつ
かける謎
pataさん、お元気でしたか?どどいつもいつの間にやら100をこえました。新しい試みの提案もあって益々活況を呈しそうな予感。これからもよろしく。tokotokoさんteruruさん、提案賛成です。ぜひ御題を出してくださいな。
お願い、メッセージは削除出来ないのでしょうか?
昔のはなしに
こだわりゃ野暮よ
いずれ日がたちゃ
下に行く kaigenji
抓られましたと
引っ掻きました
笑顔で責めてる
同窓会 kaigenji
何の不満はございませんが3日はたちに帰りたい
手の届かないものだけ欲しいあるものみんな捨ててでも
六〇億もいるのであれば二人や三人欲しいわよ
訳の分からぬどどいつばかりつくれるようになりました
もって生まれた我が儘勝手私のせいではありません
当たり散らしてごめんなさいね許してくれるとしればこそ
小銭で家賃払っています。
pata1967さんこんにちわ、どうぞよろしくお願いします。
何の不満は
ございませんが
3日はたちに
帰りたい tokotoko_99
恋の名残の
埋み火かけば
二十歳が帰って
来る動悸 高橋奈美絵
同じような素材とテーマで現代どどいつの名作と言われる作品も生まれています。もともとどどいつは創作二十六字詩。江戸の昔と違い、破調(たとえば第一句の七文字が三四で始まるのが正調、四三、四四は新しいスタイル)も、むしろ奨励されているくらいですから、いいかげんなんてことは決してありません。むしろ、らしさがでているユニークな傑作揃いだと思います。
秋風の街、このフレーズがとても好きなので、私からです。
皆さんのお題も出てきたらつくらせて頂きますね。
きみのきえゆく
あきかぜのまち
おいかけてゆく
わがこころ
おししょうさま、丁寧なお返事を有り難うございました。ユニークな傑作?
聞き慣れない言葉ですが誉めて頂いて嬉しいです。
どなた様もご応募下さい。ただいま受け付け中です。賞品はお月様です。
七字の体言止めのお題は案外難しいですね。
一句目はお題をそのまま生かし、二句目は折りこみの形にしてみました。
枯葉散り初む
秋風の街
名残り惜しそな
蝉の声
秋 だというのに
風 花が舞う
の れん恋しい
街 あかり
審査発表はいつ頃でしょう。賞品がお月様だとすると、私が協賛スポンサーになって入れものの盥でも用意しておきましょうか。
ただいまご応募お一人様、
やけをおこさず
きながにまとう
それぞれつごうが
ありますね
おししょうさん、山にはススキの穂がでています、
柔らかくてしっとりしてて、晩秋の人を受け付けない雰囲気とは全く別のものです。触りたくなります。
盥もとてもいいですね。
みんなで同じ時間に名月を眺めるのはどうでしょうか。
本日の応募はお一人様
ふところだけが
秋風の街
毎日あつくて
あつくって
私はとんでもない間違いをしたのでしょうか。こんなお題の出し方は考えられないことなのでしょうか。知らないと言うことは恐ろしい。
秋 がきたのね
風 のにおいで
野 をこいしがる
街 のはな
今日も一人でお留守番です。孤独に耐える練習をさせて下さってどうもありがとう。お客様が見えないのはともかくとして、大家さんは何をしておいでかしら?難問でも抱えているのかしら?秋だけど春もいいね。
孤独に耐えさせてしまいごめんなさい。どどいつがいつも上のほうにいるのはtokotokoさんのおかげと感謝しています。あっちもせめて週一はと思い無い知恵を絞っていたもので…。
今回、御題を破調にして三句。
つくす誠が
未練に変わり
涙ぐむ秋
風の街
夏の海辺で
狂った果実
今はもう秋
風の街
月に雁
山は紅葉
丘にはすすき
枯葉焚く秋
風の街
『こんなお題の出し方は考えられないことなのでしょうか。』
決してそんなことはありません。御題は短い言葉ほど応用が利いて作りやすいのは確かですが、応募者が少ないのはもともとこのトピの参加者が少ないだけのことでして、二回以上来ていただいたのはまだ三人だけなんですから。
せっかくお月様と盥を賞品に用意しているのにね。
たまにはかえって
きてくださいね
どこであそんで
いらしても
このトピは少数精鋭なのだと無理に自分を納得させるわたくしでした。
はなにかくれて
もくしていきる
おまえもそうか
われもこう
花屋さんに吾木香がありました。三ヶ島よし子という歌人の歌集の題名にもなっています。ほんとはもっと深まった秋に似合います。
どどいつってもっと粋なものなんでしょうね。野暮な留守番のする事だと、どなた様もご容赦くださいませ。
え? もっと粋にせい、
そんなこと言われても・・・
おっしょさーん・・・
大家さんのどどいつを飾ってみました。
この野暮は一体なんだろう。仕事の用事でもないし、色っぽくもないから野暮なのかな。それとも、自分にだけ重要で人様の興味関心の埒外だから野暮ってことになるんでしょうかね。ともあれ、甲斐の国は夜に限れば秋でしたね。
吾木香は夏の終わりには咲いているからでしょうか、秋の七草に入っていないのが不自然なぐらい秋の風情に満ち満ちております。子供の頃、十五夜のおそなえの花を山から採ってきたことを思い出します。出来れば七草を揃えたいと思っても難しかった、特に「くず」はどんな花なのかもわかりませんでしたね。その代わりが吾木香だったと言う次第。まあ、その頃はまさに花より団子で粋な風情には程遠いものではありましたが。
花をみつめる
乙女にむかい
講釈たれてる
野暮な奴
隣に座って
手も握らずに
粋なつもりの
野暮な恋
古址は何時に変わらず佇んでいたのでしょうか。
笛吹川はいつものように流れていたのでしょうか。
そうですか、吾木香は夏の終わりには咲くのですか・・・
どどいつの応募はありません、
これは二人だけでお月様を見てよろしいとの天の言葉と受け止めました。
おかえりなさいと
いうのがすきよ
なんだかすこし
あたたかい
普通の会話の中から、ヒョイうまれたり、綺麗な風景を人に伝えようとしたら自然にどどいつになっていたり、なにより、ちょっと指おって字数を確認するだけで前後ひっくり返する必要がないのがいいですね。
真夜中の中央高速を走っていると、厚い雲の裂け目から半月が顔を出していました。月明かりと言うのは周囲が暗いと本当に夜道を照らす街灯の役割を十分果たすものだと再確認しました。厚い雲の縁が月の光に照らされて輝いているのも神秘的な美しさです。勿論道路の周囲にはススキがそこかしこになびいています。
賞品のお月様も、副賞の盥もあまってしまいそうなので、自分たちでつかってしまいましょうか。
主はつれない
盥の月よ
濡れてみたとて
手にゃとれぬ
手にはとれない
盥の月を
揺らす未練の
秋の風
盥の月を
ゆらさぬように
影がふたあつ
とうまわり
手にはとれない
盥の月は
こころゆらして
見るばかり
おっしょさんが指をおってるとは思えないし、言葉をひっくり返す人がそういるとも思えないし、可笑しかった。
どどいつってやっぱり詠むと言うのでしょうか。
歌人、俳人、といいますが、どどいつ人と言うのでしょうか。
ど人・・・・これは避けたい、
どど人・・・雷様じゃあるまいしね
どいつ人・・まぎらわしい
どどいつ人・強いて選ぶのならやはりこのあたり?
昔より日本に三大詩形あり。其一は五七五、七七の三十一文字式なり之を和歌と云ふ。其二は五七五の十七文字式なり、之を俳句と云ふ。其三は七七七五の二十六文字式なり、これを関東にては「どどいつ」と言ひ、関西にては「ヨシ此」と言ふ。猶ほ各地各様の称呼あるべし、其の何の意たるを知らざるも、要するに日本に固有なる、且つ最も普及せる俚謡なり。黒岩涙香
どどいつは、メロディーにのせてうたう歌謡としての歴史が長く、「詩」としての歴史は明治以降なのだそうです。だから古典は殆どが読み人知らず、作者不明なんですね。どどいつの呼び名を変えようと試みた人は多く、上の黒岩さんだけでなく平山芦江は街歌(がいか、まちうた)を提唱し、また別の人は国謡(こくよう)を推し進めようとしたそうですが結局定着はせず今日に至るということのようです。結果として歌人、俳人、のような名称は生まれなかったと言うことになるのでしょう。
どどいつを作るグループというか、結社は一般に「どどいつ吟社」と呼ばれているようですから「吟人」なんて言うのはいかがでしょう。
三大詩形と
誉めらりゃ照れる
俗だからこそ
味もある
丁寧なお返事をありがとうございました。
今は歌うと言う事は考えずに、詩としてだけなのでしょうか、
詩としてのものは、歌うとちょっと違ってしまうでしょうね、
視る部分を含めて作られますものね。
中秋の名月は武蔵の国のわたくしからは残念ながら見えません。
とるにとれない
たらいの月を
むりにとろうと
かぜをひく
折角秋の風情に浸っていたのに、またも猛暑、中秋の名月の時期にそりゃ無いだろうと嘆いたところでお天道様には逆らいようもなく、ぐたーっと一日が過ぎていきました。
月を浮かべた
盥の水が
お湯になるよな
この猛暑
夏を惜しんで
鳴く蝉の音が
止めば未練の
秋の月
心意気という日本語ほどほかの言葉に置き換えにくいものは無いといったら、そんなことを解説するのは野暮だといわれた。その野暮がまたホンヤクしにくいではないか。野暮の反対は粋だろう。明治二十五年刊の『粋』に載っている都都逸「川竹ながらも節あるわたし金で操を買えはせぬ」これが心意気というものであろう。
一寸も
はなれまいぞと
思うた仲は
主も五分なら
わしも五分
丁とはらんせ
もし半でたら
わしを売らんせ
吉原へ
中道風迅洞著・風迅洞私選どどいつ万葉集より
私が私淑する中道風迅洞氏の著わした「風迅洞私選どどいつ万葉集」では古典都都逸を十一の巻に分類して掲載しています。それぞれの巻に添えられたコメントと各巻にあげられた代表的な都都逸を紹介したいと思います。
どどいつは共感の歌、思い当たりの歌である。歳月を超えて凡俗の心を打つものはちまたに生きる仲間たちの本音のつぶやきである。すべての都都逸が心意気の歌であるように、すべての共鳴の歌は「ごもっともの歌」であると私は思う。
親の気に入り
私も惚れる
粋で律儀な
人はない
いろの恋のと
さてやかましい
人のせぬ事
するじゃなし
中道風迅洞著・風迅洞私選どどいつ万葉集より
恋こころにコメントをつけるぐらい愚かなことはない。編者の蛇作(?)を付けるにとどめよう。
「まさか言えない燃えてるなどと このときゃ口惜しい年の功」
逢えば笑うて
別れにゃ泣いて
うわさ聞いては
腹立てる
惚れて惚れられ
なお惚れ増して
これより惚れよが
あるものか
中道風迅洞著・風迅洞私選どどいつ万葉集より
どどいつは未練の文学であり、また敗者の文芸であると私は書いたことがある。「未練」という無形の情動は「うしろ髪」という搬送波(サブキャリア)にのって、人の体から思いのある方角へ脱け出していくようだ。また風迅洞の蛇足一句。
「他人の空似とわかった背へ 未練がついてく五歩六歩」
おまえ正宗
わしゃ錆び刀
おまえ切れても
わしゃ切れぬ
主は今ごろ
さめてか寝てか
思い出してか
忘れてか
中道風迅洞著・風迅洞私選どどいつ万葉集より
昭和10年6月、日本の韻律を愛したジョルジュボノー博士が東京で行った講演のなかに、「都都逸は芸者という運河によって深く日本の伝統に滲み入り、切っても切れない関係にある形式で、人間の生活感情の表れとしては実に驚くべき豊富さを具えている」と述べている。「男と女」「女と男」の運河を歌い、運河が歌った情歌の真骨頂である。
笑うて悲しい
座敷をぬけて
泣いてうれしい
主のそば
お名は申さぬ
一座の中に
いのちあげたい
方がある
中道風迅洞著・風迅洞私選どどいつ万葉集より
鶯亭金升著述の『都都逸独稽古』の序に「俳題は情歌には無理なるものあれど四季より先にせざれば成らざるを以て今度春夏秋冬を出しぬ云々」とある。三十一字であれ十七字であれ二十六字であれ、日本の歌心の根底に雪月花はある。古典都都逸に一番多いのはやはり四季有情である。
咲いた花なら
散らねばならぬ
恨むまいぞえ
小夜嵐
露のなさけを
ただ身にうけて
恋の闇路を
とぶ蛍
軒の雫に
秋風しみて
あわれもよおす
雁の声
雪の庭口
誰が踏み分けて
二の字くずしの
下駄の跡
中道風迅洞著・風迅洞私選どどいつ万葉集より
なにがなんでも添わねばならぬ 添うて苦労がしてみたい(音曲神戸節・ごうどぶし)
庭に散り敷く松葉を見ても 二人に添う日があるのやら(なみ路)
この二つの歌の間には百五十年の時の流れがある。「勤めする身のかなわぬ夢」も「浴衣二枚が物干し竿に」並ぶのもしがない女の土俵入りであった。所帯(世帯)という原点は、のちの現代家庭どどいつへとつながるのである。
苦労しとげた
嬉しい息を
火吹竹から
吹いて出す
夫婦喧嘩は
三日の月よ
一夜ひと夜に
円くなる
中道風迅洞著・風迅洞私選どどいつ万葉集より
短歌にも近づくことができるし、俳句・川柳の境地を歌うこともできる都都逸の振幅のひろさのなかに、よりストレートでものおじしない野性の笑いこそ、そして飾らないしゃれとおどけこそ、この詩型のしたたかな「とりで」の一つではあるまいか。これを本音で喜びながら建て前でしりぞける人が多い。そういう紳士へのショック療法の一つとして私の門下のケッ作をお目にかけよう。
「鳴らすおならの七つの音いろ 長く続かず中身でる(万茶)
主は二十一
わたしは十九
四十仲良く
暮らしたい
まさかそれとも
言い出しかねて
娘伏し目で
赤い顔
中道風迅洞著・風迅洞私選どどいつ万葉集より
淫猥なことを「ばれ」という語源を私は知らない。どどいつのばれ句には、結び句の五文字でほこ先をそらす、一種の謎落ちが定石で、唄い終わって喝采が来るのはそこのところであり、歌い手と聞き手のうしろめたさの解放でもあるのだと思う。「春歌」と言えば何となく品がよさそうだが、もっと淫らでヒワイな共感は俗謡民歌、千古不滅の底流である。
二人手をとり
静かに乗りな
行くも行かぬも
棹次第
ゆうべしたのが
今朝まで痛い
二度とするまい
箱枕
中道風迅洞著・風迅洞私選どどいつ万葉集より
一言でいえば昔のご当地ソングである。今歌われている演歌の歌詞と古典都都逸の一句をつなげて歌えるのに気づく。例をあげるのは作詞者に失礼と思い、古い都都逸を二つ組み合わせてブルースを歌ってみる。
つもる話は世間もしんと 日本橋にも夜の月
心墨田に言問いたいと 寒さいとわず向島・・
どこの帰りと
いざ言問わん
花見もどりの
この団子
明石て嬉しく
舞子の千鳥
闇に須磨して
淡路島
中道風迅洞著・風迅洞私選どどいつ万葉集より
下のタイトル 古典どどいつ紹介シリーズ 9です。
文明開化を迎えて都都逸はざわめきたった。明治十年代のおびただしい「開化どどいつ」本には自由、民権から電気、汽車、通信、洋装など洋風思想と生活風俗が氾濫した。そして情歌の中味はちつとも変わっていない。(この時期の多数の歌は)どどいつが時流をすくう二十六字の器であった時代の里程標といえる。
恋の重荷を
車にのせて
胸で火をたく
陸蒸気
わたしゃろうそく
しんから燃える
主はランプで
口ばかり
中道風迅洞著・風迅洞私選どどいつ万葉集より
古典どどいつ紹介シリーズ おわり。